【裏千家茶道】千利休のお点前ってどんなお点前だったのか「民主化・運び点前・自然化」3つの観点で考察してみた|茶人 松村宗亮の一客一亭

ご件よろしくございましたでかハッピーに
松ありがとございますよろしくお願いし
ますよろしくお願いいたします理さんのお
手前でまお茶してる人なら誰でも気になる
気になるってレベルじゃないですね気にな
るってレベルじゃないですよね仰木見る
こともできないんですけども私たち普段ね
お手前してますよねうん当然ですけど裏先
チドのお手前をえ私どもは学んでおります
が
はい実際のリさんのお
手前っでできるんだったらま当然拝見させ
ていただけるんならしてみたいですしうん
まどう
いうことが行われていたんだろうという
ことをはやはり気になるんですけどもその
辺を古い資料をお読みながらちょっと考え
てみたというところをえ発表させて
いただきたいというかえ皆さんとね
ちょっとこう色想像巡らしてみる旅に出る
のもいいんじゃないかということで今回
少しお話させていただきたいと思います
などなんとなくね3つのキーワードで
まとめてみたんですけども1つが民主家
いきなり
政治みたいになってますけどね確かにあま
私が使ってるこう民主家っていう言葉とし
てはえより大衆化をしていくみんながえお
茶に対して親しみを感じるっていう上での
意味での民主化ですねで2つ目は運び出前
運び出前ってこう道具をえ構以外こう
運び出してまた下げていくっていうお手前
なんですけどもそういうお手前についてえ
考えてみましたあとは自然化これなかなか
言葉難しかったんですけれどもうんどれ
だけえ自然体にまもしくはね自然と一体化
するかっていうところでそんな視点で考え
てみましたなどはい球さん以前は逆に
どんなお手前だったかと言いますと様々な
お手前があったんですが有名なのがダイス
のお手前ですよねダイスというのはこう板
が天地にありまして4本の柱があってその
中に風呂とか釜とか懸垂とかえお茶碗が
あったりですとか全ての道具がそのダイス
の中に仕込まれているとで1つ1つの書作
にやっぱ意味がありますし当然えルールが
決まっていて手順が決まっていてまた使う
道具も厳密に決まっているしっかりとした
道具を飾らないとお手前ができないそんな
ね
えルールもあったようなんですよねでそれ
に対して2さんはどのようなあものを
新しく生み出したかということなんです
けどもこんな逸話が残っておりますある時
ねえ秀吉が秀吉さんがですね理さんにちょ
理大出のお手前をもうやってみるという
ことを命じたということですねで理さんは
改めて兄弟子でもあります辻という方当時
はねえ有名な古いことをよく知っている茶
の先生としていらっしゃった方なんです
けども辻元太さんからダイスのお手前を
学んでくるとうんいうことをしたようです
でそれ学んだ後に改めて秀吉の目の前で
大一のお手前を幸さんがやってみたという
ことなんですよねで一通りを幸さんがお
手前大の手前をした後に秀吉がこう言った
そうです私もわしもそれなりにえ昔ダイス
のお手前というを学んだだけども今日やっ
た球がやったお手前は全然そういうと違う
じゃないか一体本当に大の手前を学んでき
たのかっていうこと
を秀吉が球に訪ねたとそれに対して理さん
はですねま告白の作法っていうのは手続き
いっぱいあるしもう1た来たりもするし
ややこしい手前になってるとで形式
ばっかりではい現代の左方に全く合って
ないとで現代は当時ねま当然村
momentの終わりの頃ですけども今の
時代にあのコのダスのお手前ってのは複雑
すぎちゃってこれみんなやることできない
よってことなんですよねうんなので必要な
とかだけは残してあとは私なりに略して
このお手前になってますよ大1の手前に
なってますよということを球さんは秀吉に
答えたということですよねなるほどでうん
で秀吉は答え方によってはねどういう反応
だったか知れませんけども全く知らないで
適当なお手前をやったんじゃなくて級さん
なりにそういったお手前をえ今は必要ある
とこないことっていうことを考えてこのお
手前になったってことが分かったのでまた
秀吉は理に関心してですね適当にやった
わけじゃないってことはよくわかったとで
確かに理が言ってることも最もであるとで
今後ダイスのお手前で茶の湯を嗜むものっ
ていうのはこれから理のダイスを見習って
からやるべきだみたいなことを秀吉がお
話ししたとで今後ダイスのお手前を習う時
は秀吉の目の前で理を教えなさいという
ようなルール化をしたということですよね
やっぱ形あること複雑なことていうのを
ある程度民主家レベルにま一般の人がやり
やすい形で戻したということですよねそれ
てそれてができるってことはよほど自分に
自信があるってこともうんありますよね
ここを省いていいっていうのは個だあった
ことを自分なりの判断で覗いてしまったと
いうことですよねまた江戸時代に書かれた
書物によりとえ道次第というねまわ今で言
お茶のマニュアル本みたいなもんなんです
けどもこんなことが書れておりまして当時
のま球さんのいた時代のたゆというのはえ
理さんが昔あったことをどんどんどんどん
取り除いていったということを書かれてい
て手前がより軽くなって手数をより少なく
したということですよねで簡素であること
を基本としているとうんまたえこいチと
ウ茶茶碗の変化っていうものを大事にして
いて茶碗なんかもこいと茶用でしっかり
分けたということも書かれてますねうん
うん今だとねこいつは私ともこう楽ジなど
を使ったりしますけどもそのような形の
変化を加えたということですねそしてえ
茶室が広かったり狭かったりすることも
関係なく左側今でいう本合てってことなん
ですけども自分の右側の方にえお客さんが
いらっしゃるっっていう向きでお手前を
するってこを改めても球さんだということ
ですねまた道具をそう持ってって道具を
持って帰るっていう運び出ないていうのも
やり始めたのも理さんだとでこれ全て詫び
スキのしまい方なんですよってことも説明
されておりますこの小物の中にはま詫び
好きなんですけども好き者とか好きって
言われてるものはもう文字の通りたくさん
の数の道具を持ってそのゴージャスな道具
をバンとお広めするってこがやはり好きと
言われていたものなんですよねなので逆に
言うと茶の湯ができるってことは経済力は
なくちゃいけないし社会的治癒もなくちゃ
いけないでたくさんのお客さんを招きだけ
の茶を持ってなくちゃいけない
ということが好き者だったんですけども
それだと一般の人にはできないですよね
もう道具も数限られちゃってますしま経済
的なものってのも1つの障害になっていた
かもしれませんけどもそれに対して道具を
なくすことによって道具がなくてもお茶が
できるで茶の湯がより流行ってきて道具を
買うような勾配力はなくてもしっかりとし
たお茶しつかなくてもお茶ができるって形
に球さんが変えてくれたことによってえ
新しい
お手前が案されたそれが運びのお手前なん
ですよね1番でしまった山上の掃除という
方がね球のデスタでいるんですけどその方
の本が残ってるんですがさんの急激なその
ルール変更はいにちょっと戸惑いを隠して
ない戸惑いを隠せないというねことで山を
谷え西尾東と茶のハッを破りもを自由に
するとまなんかなんでしょうね師匠なのに
けなしてんだかなんだか微妙なないんです
けどもねちょっとなんかもう逆なこともう
白を黒と家みたいなところでもえ理さんは
そういった大価格を行ったと手前作法する
ことを観客化することによってより多くの
人がお手前ができるようにもなりますし
いい道具を持っていなくてもそだからいい
道具を持ってると道具を飾らなくちゃいけ
ないんですよねそれはねとことかねで飾ら
なくてえカ1つあって道具を持ってお茶を
してまた道具を下げていくっていうことで
いわゆるこう名物道具を持っていなくても
お茶のお手前ができるという形を新しく
考案したこれも1つは民主家の1つだと
思うんですよねうんまた球さんのお手前と
いうのがどういうものだったのかっていう
のが最近見つかった相談日記検問所という
書物がございまして神蒼々と言われている
博多の豪商ですねうん秀吉と本になられた
え博多の商人さんなんですけどもその方を
たお茶会でこんな記述が残っていると
1587年転生15年の正月の12日力
さんのお茶会でえ大阪屋敷でえ深三条大目
畳が3枚あってそこにまた大名だのにって
言われている畳の23の大きさの畳が沿っ
ているというお茶室ま理さんの好みのねお
茶室よく出てくるんですけどもそのま
ちなみに題目のお茶室自体も球さんの公案
という風に言われているんですがそこの2
級さんのお茶会の様子というのが北明に
記されていたのでえ今からご説明したいと
思いますで大目っていうのはその3/3の
畳の上にこうちょっとした棚があるんです
ね元々備え付けになってるとその釣り棚に
飾ってあったのが試着と茶船と車借と茶金
っていうのが元々置いてあるとその下の畳
の上には太物だけどえ土物の水差しが置い
てあったとでその横には水と竹の蓋置きが
置いてあるとだからカもかかっているから
それ以外の道具は茶碗とチャレなんですよ
ねうんでえ理さんがすごく愛用していた
下草チャレというのを井戸ジャの中に入れ
てそれを運び出してお手前をしていると
いうことですよねでなかなかね今のお手前
で言うとそのチレをお茶に入れてま飾っと
くっていうのはあるんですけどそれは運び
出すってのは少しま珍しいお手前という風
な認識なんですけども実際これは具をえ
運び出していってまた持って帰っていると
いうこととま1つの詫びすきというのかな
ま金物の水差しはあるんですけど名物じゃ
ない道具によってお茶をしてるということ
でこれも1つの詫びすきなのではないかと
いう風なお手前をうんえ蒼々さんの記述に
は書かれているということですね道具を
こう重視することなくいわゆる名物の道具
じゃなくても立派なお茶会をしてされて
いらっしゃったということがこの記述から
もん分かることかなと思いますまた1つ
余談なんですけどもその時書かれてて
面白いのが2球さんは副を右の帯に入れて
いたよってことが書かれていて今私ともは
ね左の帯の方に入れてるのでこれも面白い
記述だなと思うんですが理さんが亡くなっ
た後の秀吉なんかは草を左に入れてい
たって書かれてもおりますしほうま相太の
時代なんかは明らかに副を左にしていてで
球さんも晩年にはまたね左にを副を入れ
てるっていうことも残ってるのでかなり
裁判年に草を左に入れるってことを考案さ
れたんじゃないかなってことももしかし
たら生息されるようなことかと思いますま
このようにね様々なえ小物キの中からも理
さんがあお手前を新しく考案されたえ変革
を起こしたということがご理解いただける
かと思うんですけどもま運び出前今に
申し上げた通り運び出前があったりですと
か名物道具ではなくてえ雑と言われている
もののを使ってのお手前であったり国産の
ねえ天目ジでこいわゆる一般に流通して
普通に買うとこができる効果でないものを
愛用するということによって民宿であっ
たりまたそれに合うようなお手前運び手前
というのを独走されて改革をしていったと
いうことですよねでもその背景には
だんだんと茶の湯というものが特別な人が
やるわけではなくてある程度多くの人が
やるような文化にだんだんなってきたと
いうことであったりですとか立派なお茶室
そして物の名物道具を持ってなくても参入
できる文化にしていったいい関係を気づい
ていた時代の秀吉さんと理さんの2人3脚
でのね1つのキャンペーン活動だったん
じゃないかという風にも考えられますね
そして最後の自然化なんですけれどもはい
シャワ所というね本の中にもこのような
言葉が残っておりますうん陸の乗ってない
がどのようなものだかことの記述なんです
けどもえ理さんのお手前っていうのはえ
いつ始まってえいつ終わったかうんという
こと
がもうよくわからないぐらいのそういった
お手前だったということだですよね
とりわけこう目立つところがないけれども
えとても自然な形で始まり自然な形で
終わっているということですよね私はです
ねまここ大変素晴らしいなすごいことだな
と思ったんですね何かと言いますと私たち
こうお稽古してお手前して例えばお茶事で
あったりですとかお茶会で自分がお手前を
するとそうするとですね失敗したくないと
かうんえかっこ悪いとこ見せたくないとか
えもしくはねえかっこいいとこ見せたいな
とかえ綺麗なお手前ですねって言われたい
とかっていう欲が生じてくるんですよねで
欲が生じてくるとま自分にもプレッシャー
かけることにもありますしだんだんとその
欲ってのは外側に出てきてしまうとうんで
なおさら自我とか我欲ですよねが出ている
うんお手前になりがちうんなんですよその
いつ始まっていつ終わったかわからないっ
て人間の歩くとか喋るとかまその他の自然
な行動食事を食べるとかもそうですけど
もう自然な状態ですよねで人間っていうの
はある種人工物じゃなくて当然だけど自然
物なんですよねうんでその自然物である
人間がお手前をしていく上であかも習い
立ての動きをやっているような形じゃなく
てあかもこう呼吸のようにお手前をして
いるでえその逆にお手前の印象が残らな
いってこと自体がそお手前自体が自然動作
の中にイメージとして取り込まれているん
じゃないかということをうんが考えられる
といういうことなんです何かと言いますと
ねま私も時々経験するんですけどもうん
おじの感想でお手前が印象に残ってしまう
というよりかはうん全体としてすごく心地
が良かったねとかうんうん清々しくお茶会
が終わって気持ちよくういい時間を過ごし
たなって思えるようなお茶会の方が私は
感動するんですねお手前自体はとても自然
でいい雰囲気だな自然だったなそで何とも
すしさを感じるなっていうようなま片地
張らないというかねうんこう私とその亭主
とその時間っていうのがあ一体になれる
ようなそんな時間を感じられるとすごく
うんうん心が動くわけなんですけども生雄
さんがされていたお手前ってのがおそらく
そういった手前と時間と自然というのが
一体になるようなとてもナチュラルな自然
化なお手前だったんじゃないかということ
を私はこのね
え記述の中から感じた次第でございますお
手前を略化することもそうですしねうん
さらにま民主家を進めて運び出前というお
手前自体をえ皆さんがしやすい形に改めて
かつてお手前自体もうんうん仰々しくなく
とてもナチュラルな形で始まりナチュラル
な形で終わっていくということでなんか
人間としての深みを感じさせるそんな
エピソードだなと思った次第でござい
なんかその時代背景的にその時代にその
いわゆる
皇帝が多すぎてそれを略化すると相当な
反発とかねまさっきねお弟子の方もね
戸惑ってるようなお話もありましたうんま
弟子が戸惑ってるぐらいですからね周りは
もっともっとねまた球さんがなんか言っ
てるよ出たよっていうね反発もしかしたら
あったかもしれませんけどねそれでもうん
結局球さんがしてくれたことによってね茶
のというのはこれだけの広がりを見せ
ていきましたしねうん私たちがチャをね今
こう足し楽しむことができるっていうのも
ま改めて理さんの大きな業績の1つですし
ありがたいことだなと思うますね今回
ちなみになんで松さんこれをやってみよう
と思われたんですかこの球さんの手前を
考えるというか想像してみるという
かやっぱりなかなか魅力的な方ですよね
色々エピソードを聞いていてもね人に質問
出してこうしたりですとか人の社会行って
えっと自分が納得いかないと帰っちゃっ
たりとか結構なんかこだわりが
強い自分の病識っていうものに対しては
もう明らかなすごいプライドを持っている
うんかつえ商人でありながら他人として
成功して政治の中数にも入り込んでえまた
自分の美学を貫くことによってえああいう
うん終わり方になってしまうという点に
おいても人間的なあ守行も感じますしねで
その方がやっていたそのお茶のお手前って
いうのはどういう魅力があったのかなって
いうことをいつもね想像するわけなんです
よねうんうんうんその中でいくつかねえ
具体的な記述が乗っかってるようなことが
あったのでそこからまた空想を膨らまして
みて勝手にねYouTubeで皆さんに
今日あのその感想をお伝えしてはいまた
どんな反応をねいただけるかすごい楽しみ
なんですけどもね是非ね今日の話聞いて
なんかあのねこういう形もあるんじゃない
かみたいなね皆さんともあったらね
コメントねぜひぜひうんぜひまた色々と
コメントを聞かせいただけたらと思います
はい松さ今日もありがとうございました
はいこちらこそありがとうございました
また次回もよろしくお願いいたします
よろしくお願いし
ますHV