【最高権力の分裂】党権と軍権が分離⁉️ 第21回党大会で軍委主席に就く「黒幕」 #精鋭論壇

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習近平の在任中、3代にわたる軍の筆頭秘書が全員失脚するという前代未聞の事態。五中全会では軍高官の大量処分が追認され、軍事委員会のメンバー補充は見送られた。軍の機関紙が「集団指導」を連呼する中、北京の権力構造に重大な変化が起きている。
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動画の概要
AI生成本動画は、中国共産党の四中全会および五中全会後の状況から、習近平国家主席が実質的な軍権を喪失した可能性について論じています。軍高官の大量粛清、側近の失脚、そして党の公式文書から「軍事委員会主席責任制」という言葉が消えた点に着目し、軍内部で集団指導体制への回帰が進んでいる現状を分析しています。
政論団へようこそ、司会の関さんです。
本日は引き続き、
古中前回とその影響について議論します。
四中全会で採択されたのは党内管理の
全面的な厳格化の決定でしたが、
実際に処分されたのは軍隊でした。
44名いる軍出身の中央委員のうち、
三中全会には42人が出席し、
四中全会では15人、そして
今回はわずか5人しか出席しませんでした。
中央委員と候補委員計33人の党籍剥奪が
追認され、うち16人が軍関係者でした。
除名された者のうち少将軍と方永祥は
今年2月に失脚した沈勝祥と同様、
習近平の軍事委員会辺見室主任、つまり
軍における彼の筆頭秘書を務めていました。
2012年から現在に至るまで習近平の3代の
軍筆頭秘書は1人も残っていません。
また広報から軍事委員会主席責任制という
言葉が消え、軍事委員会は習近平と張正民の
2人だけとなり、補充もされませんでした。
習近平は依然として軍事委員会主席ですが、
本当に彼がまだ軍権を握っているのか、
大きな疑問となっています。
スタジオにはベテランジャーナリストの角君さ
ん、独立系映画プロデューサーの李軍さんです。
拓雲さん、四中全会の最大の結果は軍の権力に
問題が起きていると確認されたことでしょうか。
はい、四中全会の最大の結果はまさに軍権の
問題です。私はこれを名目は党の統治、
実際は軍の統治と要約しています。
公開された除名者33人のうち、
軍関係者が16人と半数近くを占めました。
軍事委員会第一副主席の張永強から、
戦区や軍事委員会の機関に至るまで、
最も多く処分されたのは軍服を着た人々です。
第20回党大会で選ばれた軍出身の中央委員44
人のうち、今回出席したのは張正民、董軍、
楊学軍、楊思亮、余慶光の5名だけで、第一線で
部隊を指揮する者は、一人もいませんでした。
免職された者の中には、規定上は
出席すべきなのに来なかった者もいます。
来ないこと自体が意思表示なのです。
この2年間で、軍の指導層全体がほぼ
集団で不在となっています。
4中全会では、党の人民軍隊に対する
絶対的指導を堅持する、軍事委員会主席責任制を
貫徹する、と書かれていましたが、
5中全会では一言も触れられませんでした。
軍事委員会は2人しか残っておらず、
4日間の会議で1人も補充されませんでした。
これらの出来事を総合すると、軍の権力はすでに
習近平の手にはないように見えます。
中国共産党、中共の政権はどこから
来たのでしょうか。
1927年に毛沢東は、
政権は銃口から生まれる、と言い、
1938年には、党が銃を指揮するのであり、
銃が党を指揮することは絶対に許されない、
と述べました。
軍隊を掌握する者が、真の最高指導者なのです。
毛沢東は死ぬまで、
軍事委員会主席の座を手放さず、
鄧小平は引退しても軍事委員会主席だけは残し、
江沢民は総書記を退いた後も、
2年間軍事委員会主席を務めました。
習近平はこの十数年、
最も力を入れて軍権を掌握してきました。
2015年に始まった軍制改革で、
翌年、7大軍区を5大戦区に、4総部を
廃止して15の軍区機関に再編しました。
2017年には、軍事委員会主席責任制を
党規約に書き込み、
彼一人の指示だけを聞く軍隊を求めたのです。
しかし今日、彼が自ら引き上げた
将官たちが次々と倒れ、党規約に書き
込まれた制度が広報から姿を消しました。
では銃は誰の手に
渡ったのでしょうか。そしてその
移行プロセスはどのように
一段階ずつ完了したのでしょうか。
リノンさん。第20回党大会で選出された
軍出身中央委員44人のうち、
3・4・5中全会で党籍剥奪が追認された
正式委員は計25人で、半数を超えています。
除名されていない者でも今回欠席したとい
うことはおそらく無事では済まないでしょう。
中共が主張する14年間の抗日戦争で計算す
ると、習近平がこの14年間で排除した中共軍の
高級将官は日本人よりも多いことになりますね。
それは比喩ではなく、事実です。
第20回党大会以降、
中共軍が経験しているのは、
もはや通常の腐敗撲滅ではありません。
最高層から戦区、軍種、
軍事学校に至るまでの系統的な大粛清です。
これらの人々はもともと
重要なポストにいました。
軍の意思決定、作戦、幹部人事、
情報システムのすべてで摘発者が出ています。
五大戦区、各軍種、
軍事委員会の機関、軍事学校など、
粛清を受けていない重要な
システムはほぼありません。
さらに、今回の処分には含まれていないものの、
すでに免職されたり長期にわたって姿を
見せていない軍出身の委員もいます。
高い確率で秘密裏に調査されています。
中央委員以外で失脚、免職、
または行方不明となっている将校以上の階級を
含めると、影響を受けた高級将校は100人、
あるいは200人を超えると
外部では推計されています。
8年間の日中戦争で戦死した国民党軍の将官は
185人ですが、すでにそれを超えています。
最も皮肉なのは、この将官たちの圧倒的多数が、
習近平の軍政改革後に抜擢され
重用された人物だということです。
習近平は軍の深刻な隠れた
危険を解決したと言いながら、
自ら選んだ将官をまとめて摘発しています。
これは彼の人事が完全に失敗したこと、
そして自ら作り上げた軍隊を、極度に不信に
思っていることを示しているとしか言えません。
この粛清が破壊したのは、
将軍個人だけでなく、軍の指揮系統全体です。
現在の問題は、誰が誰の後任になるかではなく、
軍を支えるのに十分な信頼性と経歴を持つ
将官がまだ残っているかどうかです。
中共の建軍以来、
これほど集中的な期間にこれほど多くの
高級将官が排除されたことはありません。
今回の除名者名簿の中で最も
目立っているのは習近平に仕えた
歴代3人の軍事委員会弁公庁主任です。
今回党職剥奪が追認された少将軍と方将に
加え、前任の新政用もすでに失脚しています。
郭恩さん、これは習近平が自らにメスを入れて
骨を削るような大改造をしているのでしょうか。
それとも他の誰かに排除されたのでしょうか。
当然、他の誰かに排除されたのです。
この3人が根こそぎ排除されたことは、
実は軍による習近平への一種の反抗であり、
習近平が軍の中で中枢神経を断ち
切られたことを意味しています。
軍事委員会弁公室主任は、軍事委員会主席に
送られるすべての文書、命令の発出、
主席が誰と会い誰と会わないかの日程調整、
報告書を見る順番などを担当し、
さらに警護や安全、機密保持の調整も行います。
このポストは筆頭秘書と呼ばれ、
軍事委員会主席の目であり耳でもあります。
1人目の新政用は、習近平が軍事委員会主席に
就任する1ヶ月前の2012年10月に就任し、
2017年に海軍政治委員に移動しましたが、
今年2月に全人代常務委員会によって、
全人代代表の資格を取り消されました。
2人目の少将軍は、子供の送迎を含む習家の
生活を管理しており、最も関係が深い人物です。
2002年に習近平が浙江省に赴任した時から、
彼のそばにいました。
2017年に軍事委員会弁公室主任を引き継ぎ、
2024年に国防大学政治委員に
移動しましたが、
これは張有強に追い出されたものであり、
今回党籍剥奪が確認されました。
3人目の方英章は2024年に就任しましたが、
今回同様に党籍剥奪が確認されました。
しかし、2012年から今日までの14年間で、
3代にわたる、軍事委員会弁公室主任が1人も
残っていないのです。
中共の歴史において、筆頭秘書が失脚することが
何を意味するのかを見てみましょう。
楊小坤は1945年から毛沢東のそばで、
20年間中央弁公庁主任を務めましたが、
1965年に打倒され、
ここから文化大革命の幕が開きました。
胡金涛の中央弁公庁主任だった令計画は、
2012年に異動させられ、
2014年に立件され、
2016年に無期懲役の判決を受けました。
今回の習近平のケースは、
彼がまだ権力の座にいるにもかかわらず、
三代の筆頭秘書が全員倒れたということです。
これは中共の歴史上、前例がありません。
これは二つのことを示しています。
第1に、習近平はすでに身近な最も親しい人物を
保護できなくなっているということです。
24年間従ってきた少将軍すら守れないのに、
軍の中で誰を守れるというのでしょうか。
第2に、彼の情報ルートが断ち
切られたということです。
真実の報告を見ることができず、
命令を出すこともできない軍事委員会主席は、
隔離された軍事委員会主席です。
指導者が身内を整理するにしても、
一人や二人ならともかく、14年間にわたる
三大の腹心をすべて排除することはありえません
し、最も人手が必要なときに、
そんなことをするはずがありません。
つまり、習近平は軍における
地目をすでに奪われているのです。
今回の五中全会の公報では、
軍事委員会主席責任制に触れず、
逆に民主集中制を何度も強調しました。
民主集中制が最初に新聞で提起され、
集団指導が最初に軍から提起されたのは、一人
支配という絶対的権威に対抗するためですね。
はい。今回公然と集団指導、党内民主、
下敷調整への反対が持ち入れられたのは、最も早く、
かつ最も集中的に軍の機関紙で起きたことです。
2024年末から連続して
シグナルが発せられていました。
2024年12月9日、解放軍報は、
率先して集団指導を堅持すると題する
評論記事を発表し、集団指導が党の
指導における最高原則の一つであると強調し、
さらに鄧小平の党の指導とは党委員会の
集団指導であり、1、2の個人の指導ではない、
という言葉を引用しました。
その2日後には、率先して
党内民主を発用するを発表し、
党委員会書記は班長であることはできても、
決して下副長になってはならないと
明確に提起しました。
2026年10月19日になると、
軍法はさらに、真実を語る政治的雰囲気を
大いに醸成するを発表し、異なる意見の
抑圧やワンマン体制に反対しました。
これらの言葉は明確な主軸を形成しています。
つまり、集団指導を強調し、党内での議論を
許可し、真実を語ることを奨励し、間違いを
発見すれば是正すべきだということです。
2024年末に軍法が最初に
声を上げた時、張永強は、
まだ軍の中で重要な権力を握っていました。
彼は職業軍人であり、
実際に戦争を経験しているため、
軍事的な意思決定が一人だけの
思いつきでできるはずがなく、情報分析、
頭上演習、そして異なる部門での反復的な議論を
省かなければならないことを知っています。
軍事委員会主席は最終的な責任を
負うことはできますが、専門的な
プロセス全体を飛び越えることはできません。
張永強は後に拘束されましたが、
こうした声は消えておらず、軍内のより広範な
考えを反映していることを示しています。
軍の上層部は、習近平に
軍事経験がないことをよく知っており、
もし全軍が彼一人の指示だけを聞けば、軍事的な
意思決定は間違いなく穴だらけになります。
過去十数年の軍政改革がその教訓です。
現在、五中全会の公報では、
民主集中制に誤解言及し、さらに党内民主、
トップの職務遂行と権力行使の規範化、
真理を堅持し誤りを正すと書き込まれており、
軍法のこれまでの方向性と
非常に近くなっています。
これは少なくとも、軍をどのように指導し、
重大な意思決定をどのように行うかについて、
軍内部が専門的な議論と集団的な
意思決定をより重視しており、習近平が繰り
返し強調する軍事委員会主席責任制とは
補充を合わせていないことを示しています。
最近軍報は引き続き民主集中制について語り、
特に属有に言及しました。
第二次世界大戦後の国民党と共産党の内戦、
淮海戦役で粟裕は中国東部の華東野戦軍を
指揮する中心的役割を担いました。
1948年に毛沢東が軍に長江を渡るよう
命じた際、粟裕は不適切であり長江の北に
留まるべきだと繰り返し電報を打ちました。
最終的に毛沢東は会議を開いて検討した後、
粟裕の意見に従いました。
第四野戦軍の戦士でも林彪は毛沢東と
店頭で何度も口論しています。
毛沢東の言う通りにした結果非常に
悲惨な敗北を喫しました
林彪はその後、将校にありては訓命も
受けざるところあり、つまり前線の将軍は軍首の
命令に従わないこともあると言ってしばしば
命令に背き、最終的にほとんどの
場合は林彪のやり方で行われました。
たとえ毛沢東が軍事を理解していたとしても
具体的な問題に関わるときは前線の将官の意見に
従わなければならず共産党が宣伝するように。
毛沢東が座ってタバコを吸っていると
突然インスピレーションが湧き、電報を撃てば
勝利を収めたというわけではないのです。
軍隊は一度のミスで全軍が
全滅する可能性があります。
そのため軍の中には非常に重要な手続きがあり、
作戦計画は繰り返し
議論されなければなりません。
反対意見を抑え込めば大惨事になります。
今回は張有強や劉新立が不満を抱いているだ
けでなく、軍の内部全体が不満を持っています。
なぜなら大規模な軍事的意思決定は一度でも
問題が起きれば終わりだからです。
民主集中制は軍にも適用される
党の組織原則です。
古中全会の後方に民主集中制が誤解書かれ、
トップの職務遂行と権力行使の規範化、
指導部の意思決定における議事規則の
厳格な執行と書かれたのは、
すべて軍法が打ち出したものです。
2017年、党規約に書き込まれた
軍事委員会主席責任制は、今回の古中全会の
広報では触れられませんでした。
はい、今回の全会では
軍の意見が実際に
優位に立ったと
私は考えています。
軍関係者の姿は見えませんでしたが、
軍の意見が優位に立ちました。
私はこれを軍法が先行し、
後方に反映されると呼んでいます。
軍方が初期は過不調ではないといえば、
後方にはトップの規範化と書かれ、
軍方がワンマン体制への反対といえば、
後方には党内民主と書かれ、
軍法が真理を堅持し誤りを正すといえば、
後方にも一字一句違わず書かれました。
2年前の言葉が今日、中央全会の正式な文書に
書き込まれたのは偶然ではありません。
軍法は中央軍事委員会の機関紙であり、原則的な
評論はすべて審査を経なければなりません。
2024年12月に集団指導について、
2本の記事を連続して発表できたということは、
軍事委員会の内部に、党の原則を用いて
軍事委員会主席を制約しようとする勢力が、
すでに存在していることを示しています。
なぜ軍が最初に口を開いたのでしょうか。
それは軍が最も深く傷ついているからです。
2023年以降、ロケット軍司令部が全体として
問題を起こし、2代の国防部長が失脚し、
さらには海英党、廖下、張雄強、
劉新立らが次々と倒れました。
強権力の座にいる者が、
明日には突然姿を消すのです。
このような環境下で、
軍の召喚が最も必要としているのはルールです。
一人の独断ではなく集団で議論すること、
立件には手続きを経ること、
真実を語る者が叩かれないことです。
したがって、民主集中制は軍にとって、
スローガンではなく、命綱なのです。
取り除かれた3つのものがあります。
後方では、軍事委員会主席責任制と、
習近平強軍思想への言及がなくなり、
末尾の呼びかけ対象からも、全軍が外れました。
軍が求めるものを書き込む一方で、習近平が
軍を掌握するためのものを取り除いたこと、
これが優位に立つということです。
優位に立つことは、軍が権力を奪おうとして
いることを意味するわけではありません。
軍が使っているのはまさに党の言葉であり、
党規約を用いて、
一人支配に対抗しているのです。
古春夏の机の上にも党規約が置かれていました。
ルールを用いて個人に対抗する。
このやり方には相手も反論しにくいのです。
軍が優位に立ったとすれば、
習近平の手には何が残っているのでしょうか。
今回処分されたのは主に軍関係者でした。
習近平は軍の抵抗を乗り切れるのでしょうか。
李文さん、なぜ今回軍事委員会には
一人も補充されなかったのでしょうか。
主な理由は二つあります。
一つ目は、確かに人材がいないこと。
2つ目は、習近平自身も誰を
信じていいかわからないことです。
現在、全軍の現役上将は6人しかいません。
張小明はすでに軍事委員会副主席です。
当軍は国防部長、関小燕と楊士品は、
それぞれ中部戦区と東部戦区の司令官、
王浩は空軍司令官、
趙錫光は軍紀審查を務めています。
これらの人々をすべて中央軍事委員会に
移動させることは不可能です。
移動させれば、下部に再び
空席を作ることになります。
いくつかの大戦区の司令官や政治委員は、
基本的に不在となっており、あちらを
立てればこちらが立たずという状態です。
二つ目の問題はさらに深刻です。
習近平本人は軍事を理解していません。
過去の将官選びは主に張雄強、劉信立、海英党、
両家が提供する名簿に頼っていました。
現在、これらのルートはすべて問題を
起こしており、彼らが推薦した
人物を習近平は恐れて使えません。
一方で、習近平が目をつけた人物を
軍が受け入れない可能性もあります。
これにより、ほぼ解決不可能な
矛盾が生じています。
軍事委員会を再建するには、まず各大戦区、
各軍種、軍事委員会機関の主要ポストをすべて
補充しなければなりません。
通常であれば、全軍に少なくとも
十数名から二十数名の上将がいて、
初めて完全な高級指揮層を形成できますが、
現在は6人しかいません。
これは1、2年で解決できる問題ではなく、
たとえ第21回党大会で軍事委員会の
名簿が再公表されたとしても、
軍が正常に回復したことにはなりません。
習近平が十数年来破壊してきたのは
将官だけでなく、軍内部の信頼体系全体と
幹部の育成システムなのです。
総合的に見ると、
途中全会の後も習近平は軍事委員会主席ですが、
軍出身の中央委員の大部分は不在となり、
3人の筆頭秘書もいなくなりました。
軍事委員会主席責任制にも触れられず、
軍事委員会の補充も行われませんでした。
この抜け殻のような軍事委員会主席に、
郭恩さんはどれほどの真の
権力が残っていると思いますか。
習近平はすでに実質的な軍権を失っており、
現在は抜け殻の
軍事委員会主席だと私は思います。
軍権があるかどうかを判断するには、
3つの要素を見ます。
第一に、彼が引き上げた
人物がまだ残っているかどうか。
現在、海英党や秒家などの側近勢力は、すでに
除名されており、彼の人脈はなくなりました。
第2に、命令です。
3人の筆頭秘書が倒れ、
弁行室のトップが交代したことで、
命令のルートはすでに彼の手にはありません。
軍出身の中央委員が会場に
来られないということは、彼が招集することす
らできなくなっていることを示しています。
第3に、党の文書がまだ彼にお
墨付きを与えているかどうか。
軍事委員会主席責任制や、習近平強軍思想は
広報で触れられなくなりました。人、命令、
名目のすべてがなくなり、残っているのは
軍事委員会主席という名札だけです。軍は現在、
誰の言うことを聞いているのでしょうか。
聞いているのは一つの集団です。
軍事委員会の日常業務は、
張小明が主催し、作戦システムの上昇は、
空軍出身者が中心ですが、
空軍は胡錦濤が軍の中に残した基盤です。
これは1980年とよく似ています。
夏国芳が軍事委員会主席を務め、
鄧小平が軍事委員会の業務を主催し、
名義と実権が分かれていました。
今の習近平はまさにこの段階にあるようです。
抜け殻はいつまで維持できるのでしょうか。
三つのタイミングがあります。
第一に、第21回党大会以前です。
軍事委員会が二人しか残っていない状態で、
一年持ちこたえることは不可能であり、
必ず先に補充が行われます。
誰が入ってくるにせよ、その人物が
実質的に軍権を掌握するものとなります。
第二は、第21回党大会です。
2027年下半期に党の軍事委員会主席が
改選されますが、もし習近平が
再任されなければ交代することになります。
第3は2028年3月の全国人民代表大会、
全人大で国家軍事委員会主席が改選されます。
したがって、抜け殻が持ちこたえられるのは、
最長でも第21回党大会までですが、
名義上の移行はもっと早く起こる
可能性があると、私は判断しています。
なぜなら、軍は名義が一人で、
実権が別の一人という状態に
長くとどまることはできないからです。
抜け殻の軍事委員会主席だからといって、
危険がないわけではありません。
名札が残っていれば法的な根拠があり、
一つの文書、一つの署名が
利用される可能性があります。
習近平がこのポストに座っている限り、彼を支持
し続ける部隊を見つける機会はまだあります。
名義と実権が分かれている期間が長ければ
長いほど、リスクは大きくなります。
今回、もし本当に党と軍が分離した場合、
中共にどのような衝撃をもたらすでしょうか。
特に来年の第21回党大会に
対してはどうでしょうか。
今回の党と軍の分離は、
中共体制の新たな悪循環です。
1981年に胡耀邦が総書記となり、
鄧小平が軍事委員会主席に座った時、党は
胡耀邦の手に、中は鄧小平の手にありました。
1987年に胡耀邦が辞任に追い込まれ、
総書記は趙紫陽に変わりましたが、
中は依然として鄧小平の手にありました。
1989年に趙紫陽が学生運動との対話を
主張したのに対し、鄧小平は戒厳令を決定し、
総書記は解任されて15年間軟禁されました。
この歴史は、党の権力と軍の権力が
一旦分かれれば、決定的な瞬間には、
中が全てを決めるということを教えています。
鄧小平は1989年以降、3つの主要なポストを
1人に集中させるというルールを作りました。
江沢民が軍事委員会主席と国家主席を引き
継ぎましたが、これを三位一体と呼びます。
しかし2002年に江沢民は
総書記を胡錦濤に譲りながら、
自身は2004年まで軍事委員会主席に留まり、
その2年間は再び2つの中心が存在しました。
三位一体は分裂を防ぐためのものでしたが、
同時に誰の制約も受けない人物を生み出し、
習近平はこの制度を頂点まで利用しました。
現在、習近平を制約するために、再び党の権力と
軍の権力を分けるしかなくなっています。
これが悪循環なのです。
権力を集中させれば独裁者が生まれ、
権力を分散させれば2つの司令部ができる。
中共のこの体制は、この両極端の間を行き
来するだけで、出口を見つけられずにいます。
今回の分裂は2つの中心をもたらします。
名義上の最高指導者と、
実際に軍権を掌握する勢力が同一ではないため、
いかなる重大な決定においても、
誰の決定に従うのかが問われることになります。
銃が党を指揮する可能性があるのです。
第21回党大会に最も大きな衝撃を与えるのは、
軍事委員会主席というポストです。
歴代の権力移譲は、同時に引き継ぐか、
あるいは軍事委員会主席を遅れて引き
継ぐかのどちらかでしたが、今回は初めて、
軍の権力が先に引き継がれ、党の権力が
後から引き継がれる可能性があります。
誰が軍事委員会主席になるかが第21回党大会の
真の焦点であり、胡春華が軍事委員会に
入れるかどうかが大きな見どころとなります。
もし胡春華が入れば彼が間違いなく
トップを引き継ぐでしょう。しかし最終的に
胡春華が引き継ぐとは限らず、李強や
丁薛祥といった人物になるかもしれません。
それはさらにありえません。
党と軍の分離は非常に危険ですが、危険の根源は
分離そのものではなく、この党にあります。
党を守るために、
彼らは習近平が軍権を失ったと公言できず、
彼に名札をかけさせておくしかありません。
党を守るために責任を追及することもできず、
彼を権力の座に座らせ続けるしかないのです。
党を守ることが最高原則である限り、
習近平には脅しをかけるもとでがあり、
二つの中心は存在し続け、動揺は終わりません。
したがって、第21回党大会で解決できるのは、
人を入れ替えることだけであり、
この悪循環を解決することはできないのです。
誤中全開の文書に書かれているのは
党の統治ですが、
実際に動かしているのは銃、つまり軍です。
習近平はまだ軍事委員会主席の看板を掲げていま
すが、実質的な軍権はまだあるのでしょうか。
党の権力と軍の権力が再び分離した場合、
第21回党大会では何が起こるのでしょうか。
おそらく多くの見せ場があるでしょう。
本日もご出演の方々に貴重なご
意見をいただきました。
ぜひチャンネルを登録し、高評価、コメント、
そして共有をよろしくお願いいたします。
視聴者の皆様、ご出演の方々、
ありがとうございました。
皆様からのご支援に感謝いたします。
また次回お会いしましょう。
