北京激震‼️ 中共は西側の怪物だ!ルビオが欧州で痛烈批判 #精鋭論壇

精鋭論壇
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米国務長官のルビオ氏が、10月7日、ギリシャ・アテネのプニュクス遺跡の前で26分間の演説を行った。彼は欧州に対し、かつて西欧文明の台頭を促した理念を米国と共に取り戻すよう呼びかけた。演説による西欧復興のラッパは、果たして欧州に届くのか。この問題の背景を解説する。
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#精鋭論壇 #中国情勢
セミーロンダンへようこそ、司会の関さんです。
近年、ヨーロッパでは問題が絶えません。
ロシア・ウクライナ戦争は、
第二次世界大戦後のヨーロッパにおいて
最大かつ最も長引いている戦争です。
また、数百年にわたりヨーロッパ文明の
台頭を促してきた基盤も、
全方位的な試練にさらされています。
これは明らかに内部からのトラブルにとどまらず、
西ヨーロッパの精神世界と
価値観の崩壊を意味しています。
10月7日アメリカ国務長官のルビオ氏が
ギリシャアテネのプニクス遺跡の
前で26分間の演説を行いました。
プニクスは古代アテネの都市国家における
市民集会の最古の場所であり、
野外の丘にある会場で人類の民主主義、
公の支配、共和制の発祥の地でもあります。
演説ではアメリカと古代ギリシャ文明の
関係を人々に喚起しただけでなく、名誉、
個人の尊厳、市民の気骨、国家主権、
愛国心なども問題も提起されました。
彼はヨーロッパに対しかつて
西ヨーロッパ文明の台頭を促した理念を
アメリカと共に取り戻すよう呼びかけました。
ルビオ氏は西ヨーロッパ不幸の
ラッパを吹き鳴らしましたが
ヨーロッパにその声は届くのでしょうか。
スタジオにはベテランジャー
ナリストのカクフンさん、
独立系映画プロデューサーのリーグンさんです。
カクフンさん、今回の演説は
多くの共感を呼びましたが、
まずは彼が何を語ったのか紹介してください。
核心を一言で言えば、常識に立ち返り、
共産主義によって覆された伝統的な
価値観を正す、ということです。
これは単なる外交演説ではなく、
文明の争奪戦に向けた宣言です。
ルビオ氏は率直に語りました。
トランプ政権が取り戻そうとしているのは、
政治と国政治に対する古典的な理解であり、
それはアメリカのためだけでなく、
西欧全体のためでもあると。
第一に、現代の価値観は歪んでしまいました。
世の中に蔓延する多くの思想は、
リスクも失敗も、そして勝利の栄光すら
存在しない、無菌室のような、
絶対的に安全な世界を追い求めています。
彼はこれを、下方への構築と呼びました。
誰も敗者にならないことを絶対の基準とし、
優れた者への期待よりも、
劣った者への配慮を優先する。
その結果、突出した才能の足を引っ張り、
凡庸なレベルに引きずり下ろしているのです。
パルテノン神殿を築いた古代の人々は、
上方への構築を目指し、人生で最も気高い
目標は、一番になることだと信じていました。
全員を横並びにしようとする現代の考え方は、
はっきり言えば共産主義と同じです。
第二に、西欧の人々は、自らの国の
素晴らしさを恥じるようになりました。
国の繁栄は罪悪感の種となり、愛国心は
口にしてはいけないタブーとなりました。
記念碑を引きずり下ろし、
自国の歴史を非難し、子供たちには、
自分の国を恥じなさいと教えています。
その結果、国境の壁は取り払われ、国内の産業は
海外へ流出し、軍隊は弱体化してしまいました。
第3に、彼は行き過ぎたグローバリゼーションを
真っ向から批判しています。
西欧諸国は、国民の意思が全く届かない
国際的な官僚組織に対し、国家の主権を
次々と丸投げしていると指摘しました。
第4に、西欧諸国が自ら手放し、
ぽっかりと空いた力の空白。
これをこしたんたんと
狙っている者たちがいます。
西欧が自信を失えば失うほど、
敵対勢力はさらに図に乗ります。
彼らは西欧の弱さにつけ込み、
富と権力を蓄積しています。
これは大部分において、中共を指しています。
第五に、彼は、開明的な外交という
言葉を名指しで批判しました。
自国民の利益よりも、
グローバルな共同体を優先する姿勢です。
古代ギリシャ人は、
決してそのような考え方をしませんでした。
自国に忠誠を誓い、自国の利益のために
戦うことは、決して利己的でも、
間違ったことでもありません。
彼は3つの例を挙げました。
死の直前まで真理の探求を
諦めなかったソクラテス。
ペルシャの大軍に包囲され、最後の
一人になるまで戦った300人のスパルタ兵。
故郷に帰って平穏な一生を
送ることもできたのに、
トロイに留まることを選んだアキレウスです。
栄光とは、自分よりも大きなもののために
奮闘し、犠牲を払うことで得られるものです。
第六に、私たちは今、
歴史の十字路に立たされています。
今後10年の選択が、
次の1世紀の歴史を決定づけるでしょう。
今すぐ行動を起こすか、それとも、
行動する機会を永遠に失うか。
どちらかです。
この演説全体を貫く最も重要なキーワードは、
古代ギリシャ語のテューモスです。
それは、情熱、力、勇気、
そして誇りを意味します。これこそが、
偉大な文明を動かす心臓部なのです。
この気概がなければ、国家は戦う意思も、
生き残る意思も失ってしまいます。
決定的に欠けているのは、
まさにこの気骨なのです。
気骨という言葉を中国語で表現するなら、
気性、つまり厚き気骨とするのが
最も的確だと思います。
中国の伝統的な思想では陰と陽の調和を
重んじますが、この気骨はまさに陽が
持つ力強さや内から湧き上がる強靭な
エネルギーそのものだと言えるでしょう。
ルビオ氏が言いたいのはヨーロッパはすでに
気骨を失い気骨がなくなり戦う意志も
喪失しているということです。
ルビオ氏の演説はフランスの暴動を
直接の対象としたものではなく、
体系的に準備された歴史と
文明に関する演説です。
しかし、フランスの現状は現実の
事例として当てはまります。
9月中旬から、パリ郊外の高校生が
学校を封鎖し、教師不足、
校舎の老朽化、資源の不平等に抗議し、
それが急速に全国へ拡大しました。
10月6日までに、
全国のデモ参加者は26万人を超え、
パリでは約5万人に達しました。
放火、警察への襲撃、施設の破壊が発生し、
約6500人が逮捕されましたが、
その多くは未成年者でした。
学校の問題は、最初にデモが起きた理由を
説明できても、なぜ急速に全国的な
暴力へと発展したのかを説明できません。
事件の発生場所の多くは、貧困と移民が
集中する郊外であり、長期にわたって
隔離と融合の問題が存在していました。
一部の若者はフランス生まれでありながら、
フランスの歴史、文化、国家としてのアイデン
国家に対する帰属意識が欠けています。
極左勢力の介入とSNSによる増幅を経て、
教育への抗議は社会秩序への
攻撃へと変わりました。
トランプ氏は、現在起きている騒動は、単なる
学校内のトラブルではないと指摘しました。
その本質は、制御不能に陥った
大規模な移民問題にあります。
さらには、イスラム勢力が、
かつて偉大だったこの国を乗っ取ろうと
企んでいるのだと、強く警告しています。
彼が説明しているのは、最初の学生たちがなぜ
街に出たのかではなく、なぜ抗議が急速に
制御不能になったのかということです。
フランスは大量の移民を受け入れながら、
真の融合を求める力がありません。
文化や民族の衝突に直面しても、
政治エリートたちは、国家の伝統と
共通の秩序を明確に守ろうとはしません。
これは気骨と繋がっています。
気骨は単なる怒りや街頭の
暴力ではなく、情熱、力。
勇気、誇りです。
自国の国家と文明に自信を持ち、
それを守り、責任を負いしです。
フランスに情熱がないわけではありません。
情熱が細分化してしまったのです。学生、移民、
左派、右派がそれぞれ激しく抗議していますが、
国家の立場で考える人はますます
少なくなっています。ルビオ氏が言う気骨とは。
国民が共通の歴史、文化、
国家のアイデンティティに帰属意識を持ち、
国家を防衛する勇気と意志を持つことです。
フランスに欠けているのはまさにこの部分です。
暴動は演説のきっかけではありませんが、
集団の情熱が強まる一方で、
共通の国家意識が弱まると、
社会には衝突があっても方向性がなく、
抗議はあっても共通して、何を守るべきかが
わからなくなるということを示しています。
ルビオ氏はアメリカの外交トップとして
今回ヨーロッパと新たな同盟を
築くことを望んでいるのでしょうか。
アテネを選んだのはその
意図を表現するためですか。
これは同盟への招待状ですが、
求めているのは旧同盟の延長ではなく、
新たな基盤に基づく同盟です。
ここには2つの大きな柱があります。
一つは、東方の先制主義、すなわち東側の
独裁体制に対して、結束して立ち向かうこと。
もう一つは、国家の上に君臨しようとする
グローバルな管理体制に反対し、自分たちの
国の主権を断固として守り抜くことです。
この演説が行われた場所の選択も、
非常に興味深いものです。
冒頭で語られるのは、紀元前480年の物語。
第2次ペルシャ戦争でのアテネ略奪です。
ペルシャ・オクセルクセス率いる大軍が
アテネに攻め込み、神殿を焼き払い、
アクロポリスを跡形もなく破壊し尽くした、
というエピソードがあります。
ルビオ氏が演説した場所ですね。
当時のアテネの中心地であり、ペルシャ人に
焼き払われた後に再建された聖殿です。
当時、少数のアテネ人は立ち去ることを拒み、
アクロポリスの岩山に立てこもりました。
そして、その時代で、
最も強大な帝国アケメネス朝ペルシャの軍勢を、
数日間にわたって食い止めました。
ルビオ氏はさらに、スパルタの
テルモピュライの戦いについても語り、
300人のスパルタの勇士が最後の
一人になるまで戦い抜いた歴史に触れました。
これこそが、西洋諸国に
伝わる最も古い物語です。
つまり、自由な都市国家が、
東方の独裁帝国に立ち向かう、という構図です。
彼がそこに立って語った意味は、
もはや説明するまでもないでしょう。
今日の状況に話を戻しましょう。
彼は、国際機関に
頼ったからといって、自国の国益を
放棄していいわけではない、と述べました。
私たちが平和を望んだからといって、
戦争がなくなるわけではありません。
他国は軍備を拡張し続け、領土、
技術、資源、市場、エネルギー、
そして覇権をめぐって争いを続けるでしょう。
彼は名指ししませんでしたが、
ヨーロッパから見れば、
戦場における脅威はロシアから来ています。
一方、サプライチェーン、半導体、鉱物、
技術分野における対抗勢力は中共です。
アメリカはすでに選択を下しました。
重要なサプライチェーンの奪還、
再工業化、国防の再建であり、
そのすべてが中共に向けられています。
だからこそ彼はヨーロッパに対し、
この時代の脅威に対処できる同盟を
強化するよう求めたのです。
アメリカとヨーロッパには摩擦がありますが、
彼の言い方を借りれば、情熱が時に絆をきつく
引っ張ることはあっても、決して絆を断ち
切ってはならない、ということです。
まさにそういう
意味です。
ルビオ氏が掲げる二つ目の原則こそが、
これまでの同盟と新しい同盟の最大の違いです。
国際機関や同盟関係を立て直す目的は、
加盟国の主権を奪うことではありません。
むしろ保護することだという点です。
それぞれの国が、
国家としての独自性を保ってこそ、真の意味で
共通の利益を見出すことができるのです。
これは明らかに、ブリュッセルに
向けて発せられたメッセージです。
過去数十年間、ヨーロッパの国々は、
EUのような超国家的な機関へと
段階的に権力を譲り渡してきました。
しかしルビオ氏は、
この方向性は間違っていると考えています。
同盟とは、あくまで主権国家同士の
結びつきであるべきです。
各国の力を合わせることで、
全体の力を最大化するものであり、
各国の政府の上に君臨して、命令を
下すような組織であってはならないのです。
ルビオ氏が理想のモデルとして挙げたのが、
ギリシャです。エネルギー、移民対策、
防衛のあらゆる面において、
模範的な同盟国だと称賛しました。
もう一つの成功例は、
先月結ばれたアメリカ、デンマーク、
グリーンランドによる新たな協定です。
この協定によって3社すべてが利益を得て、
NATOの安全性も高まりました。
また、ヨーロッパ各国の国防費も急増しており、
昨年のハーグ首脳会議での約束がしっかりと引き
継がれています。ルビオ氏は、すでに同盟関係が
本来の姿を取り戻しつつあると述べています。
ルビオ氏が求める、
新たな同盟の条件は、非常に明確です。
第一に、実力を持つこと。つまり、
自国の防衛費は自ら負担するということです。
第二に、主権を持つこと。
自国の国境は自ら守らなければなりません。
個人にも、家族にも、そして国家にも、
守るべき境界線が必要なのです。
第3に、自国の文化や歴史に対する誇り、
すなわち文明への自信を持つことです。
そして彼は、最後にこう締めくくりました。
我々は共に勝たねばならない。
必ず共に勝つのである。
ヨーロッパには小国が多く、安全を守るた
めにより大きな体系を望む傾向があります。
アメリカ人の見方とは異なります。
ヨーロッパ内部は、
もともと意見の対立が大きいです。
ですから、この演説はブリュッセルを飛び
越えて、直接各国や有権者に向けて語りかけ、
一部の国家や一部の政治勢力を
引き込もうとしているのです。
西欧の核心メンバーであるフランスやドイツは
統合のエンジンであり、数十年にわたって
権力の移譲を主張してきました。
東欧は違います。
ソ連の影の下で半世紀を過ごし、
1990年代になってようやく
主権を取り戻した国々です。
そのため、遠く離れた中心部が自分たちに
代わって決定を下すことに対し、
生来の警戒心を持っています。
移民の割当や司法などの問題で、
彼らはEUと絶えず対立しています。
ポーランドのナブロツキ氏、
チェコのバビシュ氏、イタリアのメローニ氏は、
いずれも主権路線を歩んでいます。
ギリシャを称賛したのも、超国家機関ではなく、
一つ一つの主権国家と友人になるためです。
ルビオ氏は、ヨーロッパが長い眠りから
目覚める兆しがすでに見える、と述べました。
これは半分は現政権に向けたものであり、もう
半分は次に権力を握る人々に向けたものです。
リーブンさん、ルビオ氏がわざわざプニュクスの
前で演説を行ったのは、アメリカが古代ギリ
シャや古代ローマの価値観と精神をずっと
堅持してきたと考えているからですね。
憲法誕生の地であるフィラデルフィアにも特別に
言及し、フィラデルフィアという言葉自体が
古代ギリシャ語に由来すると語りました。
ルビオ氏がフィラデルフィアに触れたのは、
文明の起源を語るためです。
アメリカの建国はわずか250年ですが、
制度、価値観、民族精神は250年前に
突然現れたものではなく、
その背後には古代ギリシャ、古代ローマ、
そしてキリスト教が繋がっています。
どのような共通点があるかというと、第一に、
個人の価値の肯定です。ギリシャ人は尊厳、
理性、独立した判断を強調し、個人は権力の
従属物であってはならないとしました。
アメリカの個人主義、自助努力、
個人の責任の源流はここにあります。
羊が運命を決めるのではなく、
誰もが努力によって成果を得る
機会を持つべきだという考えです。
第2に、英雄主義と名誉です。
ギリシャ人は、脅威に立ち向かい、責任を負い、
卓越性を追求する人を尊敬しました。
英雄とは恐怖を知らない人ではなく、
何を守るべきかを知り、
そのために代償を払う意思のある人のことです。
アメリカは、独立戦争や西部開拓、そして
幾多の危機を乗り越える歴史の中で、勇気、
犠牲、責任、そして名誉を重んじてきました。
なぜなら自由とは、決して
与えられるものではなく、自ら立ち上がり、守り
抜く人々がいてこそ維持できるものだからです。
第三に、探検精神つまり
荒野を開墾する精神です。
ギリシャ人は発見、冒険、リスク、
そして栄光を渇望しました。
アメリカの開拓、企業化精神、技術革新、
月面着陸や宇宙探査の背後にあるのは、
現状に満足せず、絶えず境界を突破し、リスクを
負うことを奨励し、失敗を許容する姿勢です。
絶対的な安全だけを追求する社会からは、
偉大な成果は生まれません。
さらに、市民精神があります。
ギリシャの市民は親民ではなく、
公共の事務に参加する権利があり、
共同体を防衛する責任もありました。
したがって、アメリカの自由は単なる個人の
権利に留まらず、義務、公共の責任、
国家への忠誠も含まれています。
つまり、アメリカの精神の核心とは、
単なる選挙や法制度といった
システムのことではありません。
尊厳、英雄主義、名誉、責任、冒険心、
そして常に高みを目指す姿勢のことなのです。
こうした人々の魂が失われてしまえば、
いくら立派な制度だけが抜け殻のように
残っていても意味がありません。
国や文明は新しいものを生み出す活力を失い、
生き残ろうとする気概すら
消え失せてしまうでしょう。
ルビオ氏が西洋文明の源流であるアテネを
引き合いに出したのは、アメリカや
ヨーロッパに対する強いメッセージです。
再び立ち上がるためには、
西洋文明の原点にあった、あの力強い精神をまず
取り戻すべきだと訴えかけているのです。
中国人はよくアメリカには250年の
歴史しかないが、
我々には5000年の歴史があると言います。
しかし国家とは領土や政権だけでなく、
その核心が文明です。
私はアメリカはヨーロッパの多くの国よりも
ギリシャや古代ローマに近いと考えています。
アメリカは世界で初めて共和制を復活させた
国であり、フランス第一共和制よりも3、
40年早かったのです。
アメリカの文明史は完全に
アテネまで遡ることができます。
国王はおらず、皆で選び、
皆で責任を負うという形です。
国家の年齢と文明の年齢は同じではありません。
現代国家としてのアメリカは、
250年しかありませんが、思想、制度、
価値観は1776年に始まったのではなく、
2000年以上の西欧の
伝統を受け継いでいます。
アテネにある丘、プニュクスは、
まさにアテネの市民集会の会場でした。
紀元前500年前後、孔子の時代に、
アテネ市民はすでにそこで戦争、財政、法律、
都市国家の重大事について議論していました。
もちろん、現代のような
普通選挙ではありません。
しかし、ここで初めて画期的な
理念が打ち立てられました。
それは、国の権力は
君主だけのものではない、ということです。
市民自らが政治に参加し、議論し、投票で物事を
決める権利があるのだと示されたのです。
こうした政治の仕組み以上に重要だったのは、
彼らの世界に対する向き合い方でした。
古代ギリシアの哲学者ソクラテスは正義を
追求し、弟子のプラトンは理想国家を論じ、
プラトンの弟子のアリストテレスは政治、
倫理、自然を研究しました。
ギリシャ人は、世界には理性で認識できる
秩序があり、人間は観察、議論、論理によって
真理に近づくことができると信じていました。
哲学、論理学
幾何学、歴史、理学、自然科学の源流は、
すべてそこに見出すことができます。
東洋と西洋の違いはここです。
中国なども東洋文明は、
世界の真理は理解できないと探求を諦め、
他人に委ねがちです。
一方ギリシャ人は、自らの無知を自覚しつつも、
論理や数学を駆使して世界を
解明しようと挑みました。
これこそが、現代科学の源流なのです。
ローマはまたギリシャと異なります。
ギリシャの思考と議論ローマの法律と
制度キリスト教の道徳と尊厳。
アメリカの建国の父たちはこれらの伝統と
共和の歴史を研究し、権力分立などの
現代的な制度へと再構築しました。
つまりアメリカは歴史の
浅い信仰国ではありません。
その精神はギリシャ、制度はローマ、
道徳はキリスト教を受け継ぐ
西洋文明の正当な後継者なのです。
中国の歴史教育ではギリシャや
ローマについて語られることは少なく、
現代文明に真に作用しているギリシャの
要素は近年ではますます減っています。
ヨーロッパ人自身も今はあまり語りません。
ヨーロッパの現代文明の台頭自体が、
ギリシャとローマの復興だからです。
ルネサンス、文芸復興とは、
まさにギリシャとローマの復興です。
14、15世紀のイタリアでプラトンや
アリストテレスが再読され、
古代の彫刻や建築が見直されたことで、
ヨーロッパはようやく中世から抜け出しました。
科学革命や啓蒙運動も、
そこから受け継がれています。
ローマ滅亡後の千年間、ヨーロッパの教国はみ
んなローマの継承者を名乗りたがりました。
西欧では、ローマを滅ぼしたゲルマン人や
新生ローマ帝国が、ローマ皇帝を自称しました。
一方ロシアも、東ローマ滅亡後にその血縁や
紋章、正教会を受け継ぎ、モスクワこそが第三の
ローマであり聖都だ、と自負したのです。
ロシアは自らがローマを継承したと考え、
アメリカもまたローマを
継承したと考えているのですね。
彼らが受け継いだのは、
帝国という名前や肩書だけであり、
中身のない形だけの権力にすぎません。
ギリシャとローマの精神を真に
継承したのはアメリカです。
ルビオ氏も演説の中で、アメリカの建国者たちが
最も多く読み、最も多く引用したのは、
ギリシャやローマの偉人について書いた帝政ロー
マの作家プルタルコスだったと述べています。
さらに重要なのは気質です。
自らに対して責任を持ち、あえて冒険し、
負けず嫌いで、誰にも頭を下げようとしない。
これこそがテューモスであり、気骨なのです。
尊厳もありますね。個人の尊厳のために
気骨を守らなければならないと
ルビオ氏の言葉に非常に
美しいものがありました。
偉大なアメリカ人はアテネで誕生し、ローマで
形作られ、キリスト教世界で洗礼を受け、
最後に大西洋を渡って新世界で生まれ変わった。
ヨーロッパはローマの遺産を継承し、
ロシアはローマの名号を継承しましたが、
アメリカが継承したのはその気骨なのです。
ギリシャ人はアメリカで非常に
高い地位を占めていますね。
未来は東方の孔孟先生とギリシャ・ローマの
共和民主との争奪戦になるのでしょうか?
その言い方は修正する必要があります。
今の中国は封建ではなく、共産党の先生です。
共産主義は西欧から来ました。
マルクスはドイツ人であり、共産党宣言は
1848年にロンドンで発表されました。
それがまずロシアに渡り、レーニンや
スターリンによって国家機構に変えられ、その後
コミンテルンを通じて中国に送り込まれました。
1921年の闘争率の背後には、
モスクワがありました。
毛沢東は、10月革命の法制が、
我々にマルクスレーニン主義を送り届けた、
と言いましたが、送り届けられたものであり、
土着のものではありません。
ですから、未来は東洋対西洋でもなく、
中国文明対ギリシャ文明でもなく、
共産党の先制モデルが西洋文明の根幹に
対抗するという構図になります。
より正確に言えば、
西洋自身が生み出した怪物が、
振り返って西洋を破壊しようとしているのです。
下方への構築、すべての平準化、歴史への周知、
主権のグローバル官僚への移譲、
これらはすべて、
この怪物が西洋内部で変異したものです。
ルビオ氏の演説で、
唯一名指しされた対抗勢力は、
イランの過激なイスラム法学者です。
彼らは死の崇拝を行い、
子供の自爆テロを英雄として持ち上げます。
西欧の英雄は信仰のために死ぬことを意図い
ませんが、死を崇拝することはありません。
テヘランの背後には、2021年に結ばれた
中国イランの25年間の包括的協力協定があり、
イランの石油の大部分は中国に売られています。
無神論の全体主義と、神権政治の過激派。
イデオロギーは正反対ですが、敵は同じです。
共通点は個人を認めないことです。
一方は党への服従を求め、
もう一方は過激な協議への服従を求めます。
ギリシャやローマから受け継がれた革新は、
まさに個人の尊厳と市民の自由なのです。
したがって、共産先生がイスラム過激派と
手を結んで、西欧文明に対抗することが、
未来の構図の主軸となり、
すぐには終わらないでしょう。
今後10年が次の1世紀を描くというのは、
このことを指しています。
21世紀の真の大戦は、単なる米中対立でも
東西対立でもなく、どの制度、
どの価値観が人々に自由、尊厳、勇気を
保たせることができるかという戦いなのです。
1990年代初頭、カーバード大学の社会学教授
ハンティントンが文明の衝突を書き、異なる
文明が未来の世界を決定づけると論じました。
この本は後に西ヨーロッパの学会や各国の
エリートから激しく批判されましたが、
彼の予言したことが次々と現実になっています。
ルビオ氏はアテネで演説し
西ヨーロッパ不況のラッパを鳴らしました。
今後10年の選択が次の1世紀を
描くことになります。
ヨーロッパにその声が届くかどうかは
ヨーロッパ人自身にかかっています。
一つはっきりしているのは文明の攻防は武器や
富だけでなく、人々の心の中にある気骨、
名誉や原則への堅持、そして価値観への
信仰にかかっているということです。
これは西ヨーロッパにとっても
中国人にとっても同じです。
私たちがどのような世界で生きていきた
いのかじっくりと考える価値があります。
本日もご出演の方々に貴重なご
意見をいただきました。
ぜひチャンネルを登録し、高評価、コメント、
そして共有をよろしくお願いいたします。
視聴者の皆様、ご出演の方々、
ありがとうございました。
皆様からのご支援に感謝いたします。
また次回お会いしましょう。
今から話し始めますので。
