給料も仕事も一夜で消える中国経済 病院まで閉鎖ラッシュ

10月、中国のネット上には
切実な訴えを伝える動画が
数多く投稿されました。
月始めの大型連休が明けて会社に戻ってみると、
入り口は固く閉ざされ、
経営者はすでに夜逃げしていました。
給料も仕事も一夜にして消え、
今月の家賃をどうすればいいのかわからないと
訴える人が相次いだのです。
実はここ数年、長期休暇が明けるたびに、
中小企業や工場の倒産、
経営者の失踪が続出するのは、
もはや珍しい光景ではなくなっています。
働いて生計を立てている人たちにとって、
休み明けは職場に戻る日のはずでした。
ところが待っていたのは、もぬけの殻となった
建物で、設備はすべて運び出され、
数ヶ月分の未払い賃金も取り戻せないままです。
多くの中小零細企業は、
受注の減少と資金繰りの悪化に苦しみながら、
何年も持ちこたえてきました。
一部の経営者があえて連休中に姿を消すのは、
誰もいない隙に資産を売り払ったり、
設備を運び出したりして、
従業員の賃金や取引先への支払い、
法的な責任からまとめて逃れるためです。
取り残された労働者の多くは、
当面の生活を支えるたくわえもなく、権利を
主張するための法的な手段や時間もありません。
法律上は、賃金や保証の支払いが義務付けられて
いますが、経営者とは連絡がつかず、労働仲裁や
裁判の手続きには長い時間がかかります。
結果を待っていては暮らしが立ち行かず、
日々の生活費にさえ困る人が少なくありません。
失業者が一気に増え、限られた仕事を
大勢で奪い合う状態になっています。
仕事はますます見つからないのに、
生活費は下がりません。
そんな中でも当局は、
社会保険料の支払いを強制しており、
払わなければ法的な責任を問われます。
失業がもたらすのは、
収入が途絶えることだけではなく、
将来への強い不安でもあります。
ネットで窮状を訴える以外に、どこにも
出口が見つからない人が大勢いるのです。
中国経済は一体どこまで追い
込まれているのでしょうか。
今では病院までもが閉鎖され始めています。
10月30日、広東省中山市で20年間営業を
続け、200床を備えていた民間の
整形外科病院が突然全ての診療を停止しました。
数千元を前払いして治療を受けていた患者もいま
したが、治療の途中で病院が閉まってしまい、
医師や看護師も一夜にして職を失いました。
ネット上では、診療停止後に職員が病院の
前に集まって、給料の支払いを求めている、
という書き込みや、医薬品の納入業者を名乗る
人物から、数万元の代金が未払いになっている、
という投稿も出ていますが、
これらはまだ確認されていません。
閉鎖されたのはこの病院だけではありません。
11月2日には、武漢市の衛生当局が、
武漢康運病院について、
経営難で1年以上休業しており、
医療機関としての登録が取り
消される見通しだと発表しました。
今年4月には、広東省の民間病院が
職員315人全員を解雇し、ここでも給料や
ボーナスの未払いが伝えられています。
中国の経済メディアによると、
2025年上半期だけで全国で1247の
民間病院が運営を終えており、
1日平均7件近くが姿を消した計算になります。
なぜ病院が経営に行き詰まるのでしょうか。
背景には、当局が長年にわたって民間病院の
開設を後押ししてきた政策があります。
2015年に約1万4500だった
中国の民間病院は、
2024年には2万7000近くまで増え、
9年でほぼ倍になりました。
ところが、患者の数は倍にはなっていません。
2024年の時点で、民間病院は全国の
病院数の7割近くを占めながら、診療件数に
占める割合は約16%にとどまっています。
大学をどんどん増やしたものの、
学生が集まらないのと同じ構図です。
病院を増やすだけ増やし、
今度は次々と閉鎖していく。
患者の治療に尽くしてきた医療スタッフが、
最後には給料すら受け
取れないかもしれないのです。
そしてこれは、中国の雇用と収入の
危機のほんの一端に過ぎません。
今、多くの中年世代が、リストラや失業、
住宅ローン、そして親の介護と
子育てを一度に背負っています。
中国は世界の遥か先を行っていると当局が誇らし
げに語っても、それが自分たちの暮らしとは何の
関係もないことに彼らは気づいてしまいました。
当局が強大な祖国を強調すればするほど、
先の見えなさを痛感するばかりです。
彼らは多くの失業者と共に、
みんなで一緒に貧しくなり、
一緒に体制のツケを払わされるという、
どうにもならない無力感の中にいます。
そして、もう生きていけないと訴えても、
耳を傾ける役人は誰もいません。
若者の状況も厳しいものです。
卒業してもすぐには職が見つからず、就職競争は
激しさを増す一方で、給料も低いままです。
国の総力を結集して大事業を成し遂げる、
集団主義といった掛け声には、とっくに何も
感じなくなり、むしろ反感すら抱いています。
故郷を離れて都会に出てきたものの仕事が
見つからず、貯金を使い果たし、食べるものにも
困って路上で寝泊まりする人もいます。
そんな人たちの心にはどれほど
華やかなプロパガンダも響きません。
こうした中で広がっている寝そべりと呼ばれる
生き方は怠けているわけではありません。
巨大な先制体制を前に、
窮状を訴える声さえ封じられかねない状況で、
彼らにできるのは無言の抵抗だけなのです。
協力しない、お金を使わない、
家も車も買わない、恋愛もしない、
結婚もしない、子供も持たない。
中には、どう生きるかを選ぶ余地すらほとんど
残されていないと気づき始めた人もいます。
それはもはや、自由を
失ったというだけではなく、
行き場そのものを失ったということなのです。
追い打ちをかけるように、
自然災害も人々を襲っています。
11月3日、海南省が猛烈な豪雨に見舞われ、
多くの道路が一面水に覆われ、
車が水没しました。
住民によると、未明の4時ごろから激しい
雨が降り始め、最も深いところでは
水深が1メートルを超えたといいます。
地元の気象台は午前5時10分に豪雨警報を
最高レベルに引き上げ、小中学校や
幼稚園などは午前中の授業を取りやめました。
一度の大雨で道路が川のようになってしまう
事態に、都市の排水能力を疑問視する
声が改めて上がっています。
経営者の夜逃げ、病院の閉鎖、
賃金の未払い、若者の寝そべり、
そして豪雨の中で家や財産を案じる住民。
これらのニュースはすべて一つの
問いにつながっています。
一般の人々が困難に直面した時、
制度は本当に彼らを守ってくれるのか。
年末が迫る中、賃金未払いや失業の
問題がこのまま積み重なり、
当局が有効な手を打てなければ、社会の
不満はさらに高まっていく恐れがあります。