高速性能に全振りしすぎて悲劇の結末 コンベアCV880/990【ゆっくり解説】【航空工学】

航空工学館【航空技術ゆっくり解説】
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#飛行機 #航空 #ゆっくり解説
◆チャンネルについて
このチャンネルでは航空機技術に関する仕組み、構造などをゆっくり解説していきます。
◆動画について
今回はコンベアCV880/990のエピソードをゆっくり解説していきます。
ねえ魔理沙私気になったのよどうしたんだ
霊夢以前超音速旅客機について解説して
くれたじゃないああそういえばコンコルド
なんかの話をした気がするなあれは
ジェット旅客機の普及から少したった70
年代頃からの話だったと思うんだけど50
年代あたりのジェット旅客器が普及し始め
た頃にはスピードを売りにした旅客機って
なかったのこれまでの話を聞くと色々な
メーカーがジェット旅客機のシェアを争っ
ていた頃だからスピードを売りにした期待
があってもおかしくないと思ったのよお目
の付け所が鋭くなってきたな霊夢50年代
から60年代にも世界最速を売り文句に
開発された旅客器はあったぜでもその期待
は速さを優先するあまり血管を抱えていて
失敗に終わってしまった期待として有名な
んだそんな期待があったのねその話詳しく
知りたいわよしそれじゃあ今回は最速を
求めたばっかりに大失敗コンベア880
990について解説して行くぜお願いする
わこのチャンネルでは航空機技術に関する
仕組み構造などを解説していくからよかっ
たらチャンネル登録で応援してもらえると
嬉しいんだ
ぜそれじゃあコンベア880990につい
て解説するぜコンベア880はアメリカの
重機械製造メーカージェネラル
ダイナミクスの航空機部門であるコンベア
が開発製造していたジェット旅客機だ
880改良型として990という期待も在
していて詳しい変更箇所などは後でまた
触れるが基本的にはベースとなった880
について解説していくぜ魔理沙例によって
なんだけどコンベアなんて航空機メーカー
初めて聞いたわそれじゃあ期待について
詳しく紹介する前にコンベアについて紹介
しておこうコンベアは元々軍用器製造で
実績のあったコンソリデーテッドエア
クラフトとロッキードベガの設計責任者が
独立して設立したバルティエアクラフトが
合併し1943年に設立されたメーカーだ
第2次対戦中には多くの軍用機を製造した
他戦後の1947年にはプロペラ旅客機の
コンベア240を開発するなど旅客器市場
にも参入していたんだその後1953年に
ジェネラルダイナミクスに買収されたが
航空機部門としてコンベアの名前は残り
その後も航空機製造を手掛けていたんだぜ
そうなのねコンベアは今もあるのいやない
ぜジェネラルダイナミクスは1976年に
コンベアをカナダ政府に売却していてその
際に名称をカナディアン変更さらにその後
の1986年カナディアンBARディアに
売却されたんだじゃあ簡単に言えば現在は
ボンバルディアの一部になっているという
ことねそういうことだコンベア880に
ついてだがこの期は50年代に登場した
ボーイング707ダグラスDC8などの第
1世代ジェット旅客機と競合する機体とし
て誕生したそれらの期待と差別化を図る
ため世界最速を売り文句に軍用機の設計
司法を用いて開発され当時の旅客機で最速
となるマッハ0.89100
の速度と言われた707が真っ赤
0.8100m程度だったからそこまで
劇的に早くなったわけではないなまあ
1kmでも早ければ世界最速を掲げられる
からインパクトはあるわよね本来はもっと
早くしたかったそうなんだが技術的な問題
で実現できなかったそうだぜさらに速さを
優先した結果コンベア880は期待に様々
な問題が生じ事故も多発その後も失敗機と
して語り継がれることになったんだどんな
問題が起きていたのよしそしたらここから
は期待の開発経緯や性能などを解説し
ながらコンベア880が失敗に至るまでの
話を詳しく解説していく
ぜそもそもコンベアはなんで世界最速を
売りにしたジェット旅客機を開発しようと
思ったの1940年代以降コンベア240
やコンベア440など旅客レシプロ機では
定評があったコンベアだが当然ジェット
旅客機市場への参入も目論んでいたそんな
中当時トランスワールド航空を買収し
オーナーとなっていた実量かハワード
ヒューズがより高速飛行が可能なジェット
旅客機を求めていたんだヒューズは大の
飛行機好きとして知られそれまでも自らの
名を関した航空機メーカーを設立したり
自らの操縦で世界一周飛行を行ったりして
いた期待の開発にも何度も関わり業界でも
その名は知られていたんだお金持ちでも
さすがにそこまでやってしまう情熱は本物
ねああそしてコンベア880はこの
ヒューズの移行を強く反映したコンセプト
で開発されることになったんだコンベアと
してもヒューズの移行を取り入れることで
トランスワールド航空の発注を確保できる
しなそれにチェア争いが激しくなった
ジェット旅客機市場で分かりやすい差別化
ができるのも強みよねそうだなコンベア
880の開発が始まったのは190052
年だが当時はすでにボーイングやダグラス
がジェット旅客機の開発計画をスタートさ
せていたから後発機体が市場で勝ち抜き
ためにも明確な差別化が必要だったん
だろうなでもどうやって機体の高速化を
実現したの高速化の工夫はいくつかあるぜ
まずは戦闘機の開発に用いられるエリア
ルールと呼ばれる設計手法を用いたことだ
エリアルールエリアルールは航空機の断面
積変化を小さくすることで音速領域での
効力の増加を防ぐ手法のことだ戦闘機の
技術を用いてまで空気抵抗を削減しようと
していたってことそうだなそしてもう1つ
の要因はエンジンだろうコンベア8802
はジェネラルエレクトリックの
ターボジェットエンジンCJ8053を4
期搭載したこのエンジンのベースはかつて
YF104Aなどに搭載されたベスト
セラーエンジンJ79で初めてマッハ2を
超える高速飛行を実現したエンジンだ
コンベア880に搭載されたエンジンは
そんなパワフルなエンジンを旅客機向けに
アレンジしたものだったんだぜそんなに
すごいエンジンを搭載していたのねこれら
に加え細かい設計においても徹底した空気
抵抗の削減策が講じられコンベア880は
高速性能を異常なまでに追求していたんだ
空気抵抗低減目的で主翼は光体力では必須
とされていた用力を増大させる全円
スラットさえ廃止ボディの接着後方も閉化
させる徹底ぶりだったすごいこだわりね
巡行速度は当初の目標には達しなかった
ものの最大運用速度マハ
0.89100先に運用が始まっていた
競合機の707やDC8よりも高い高速
性能を実現当初の目通り世界最速の旅客期
を売りに1959年1月に初飛行翌
1960年には市場に送り込まれることに
なったぜ出だしはどんな感じだったの初期
型の8822期はトランスワールド航空や
デルタ航空などに順次納入されていったん
だが運用開始まもなくして問題が浮き彫り
になっていったえいきなりああまず問題と
なったのは操縦性の悪さだコンベア880
では高速性を徹底的に追求したあまり相当
ピーキーな操縦特性となりパイロットたち
は手を焼いたさっき話した通り880は
主翼のスラットを装着していなかったんだ
が欲WH35度の鋭い交代力を持つ機体で
は離着陸時に大変不安定となり危険だった
そうだ結局すぐに対策が施されスラットを
追加したんだがこれにより自慢の速度は
損なわれることになったぜうん高速性能を
つ給した結果不安定になってその対策で
高速性が損なわれるなんてなんとも中途
半端ねただ手先の回収では期待の根本の
特性は変えられなかったから結局神経質な
操縦性はその後も続いたみたいだな乗客
からしたら多少遅くてもいいから安全を
優先して欲しいわねさらにもう1つの問題
がエンジンだ高速化のために採用したCJ
8053エンジンは元々高速戦闘機の
エンジンだったこともあり燃費の悪さや
騒音が問題となったこれにより競合の
707やDC8に比べ運用コストが重んで
しまい機内の快適性も高くなかったんだ
これも高速性を追求しすぎた弊害ねああ
旅客機に重要な経済性や快適性を警視し
すぎてしまったんださらにこのエンジンは
廃棄の際に黒炎が出ていたんだがこれも
環境に良くないというマイナスイメージを
植えつける結果となってしまった全てが
裏目に出ているわねそうだなそして
極めつけは信頼性の問題だコンベアはこの
エンジンを旅客器用に改良する際コストを
削減するべく耐熱金属の使用量を減らして
いたんだこれにより高音にさらされる
ホットセクションが妖怪するトラブルが
多発緊急着陸をよぎなくされるケースが
頻発していたんだ操縦性の問題といい騒音
といい乗客にとってはなるべく乗りたく
ない期待ねああこれらの多くの問題があっ
てはたった数10km早い世界最速なんて
全く意味のないものだったさらにコンベア
880はライバル機に加えて積載能力も
低くマイナートラブルも頻発したこれらの
悪評はまた琢磨に広まり発注を検討してい
たエアラインも採用を見送っていったんだ
うんこれは仕方ないわねちなみにこの
コンベア880は日本でもJALが多くの
機体を運用していたことでも有名ださっき
競合機より積載能力が低いと言ったがDC
8を飛ばすほどの需要がないと見られてい
た東南アジア路線向けに880は最適だっ
たんだじゃあ日本でもこの機体がバンバン
飛んでいたのね事故とかは大丈夫だったの
旅客を載せての大きな事故は幸はないんだ
が訓練飛行中には3度墜落事故を起こして
いるぜやはり慣れていないとかなり操縦が
難しかったんだろうなやっぱり危なすぎる
わねこれだけ問題があると立て直すのは
難しそうだけどその後はどうなったの約1
年後の1961年には大幅に改良が加え
られたコンベア990が登場した990の
基本設計は880とほとんど変わらないが
主翼を中心に空力特性の改善キャビンの
居住空間の拡大簡意識ターボファン
エンジンへの乾燥伝送系の信頼性向上など
が施されたそれでいて抵抗の削減も実現し
運用限界速度は真波
0.991.01
[音楽]
も航空会社の信頼を取り戻すには至らず
受注数は伸びなかったしかも実運用だと
想定以上の摩擦抵抗と振動があったこと
から実際の速度は売りにしていた保証値で
あるマッハ
0.991.01
ともに受注の伸び悩みとオプション発注の
キャンセルなどもありコンベアは経営期に
陥り1962年には容気の生産を終了
880は生産わずか67機990は37機
しか生産されず超名に終わってしまったん
だぜ残念だけど懸命な判断だと思うわ
そしてその後880990は80年代まで
に前期が体液貨物機に転用されて延命さ
れるというようなこともなくその短い歴史
を終えたぜコンベアはその後どうなったの
あこの2期の失敗でコンベアが経営危機に
陥ってしまったことからジェネラル
ダイナミクスはコンベアの航空機事業を
1965年に休止させたその後1976年
にカナダ政府に売約したという流れだぜ
それまでベストセラー気も産んでいたのに
この2期を立て続けに失敗したせいで廃業
になってしまうなんて厳しい業界ねそうだ
なただそれだけコンベア880は壮大な
失敗となってしまった高速性能にこだわり
すぎたがために旅客機にとってもっと大切
な経済性や快適性安全性を失ったんだもの
ねあああまりに通婚の失敗だったんだだぜ
今回はコンベア880990について解説
したぜ第1世代のジェット旅客機にまだ
まだこんな面白い期待があったのねああ
高速化は差別化を測るという意味ではあり
だったと思うがやりすぎてしまったな旅客
を載せた大きな事故がなかったのは不幸中
の幸いねああ初動で採用する航空会社が
もっと多かったらまた違った結果になって
いたかもしれないがなよし今日はここまで
だこの動画を面白いと思ってくれたら
チャンネルと録や評価をしてくれると
嬉しいわそれではご視聴ありがとうござい
まし
た
