
昭和7年 愛国機献納運動と式典の様子 1932年
映像は、ゼロ戦が生まれる8年前の様子です。満洲事変(昭和6年)を機に飛行機の寄付運動が行われました。当時、山本五十六が、海軍航空本部の技術部長で、飛行機の運用の可能性(=航空主兵論)を感じていた頃です。
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【所沢にあった飛行学校飛行場】
※現在、所沢市に飛行場はありませんが、
今から110年以上前の1911年(明治44年)、所沢には日本で最初の飛行学校、および飛行場が開設されました。
→この場所で、フランス製「アンリ・ファルマン機」に乗り、清水徳川家、第8代当主の徳川好敏(よしとし)が、日本で最初の動力機飛行、およそ800メートルの距離を飛んだことから
所沢は「日本の航空発祥の地」とされています。
現在、その場所は「所沢航空記念公園」となり、市民の憩いの場として整備されています。
【荒木貞夫】
※映像に出てくる陸軍大臣の荒木貞夫は、陸軍の一部の青年将校が支持する「皇道派」という派閥の親分として有名な人物です。
日本の軍隊のことを「皇軍」と呼び始めた人物であり、この呼び名は国民や政治家たちに、軍を神聖視させることに一役を買いました。
彼は戦後、GHQにより、日本を戦争に導いた人物として、東京裁判でA級戦犯として裁かれました。
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