
【カラー化】日本初のアイドル 明日待子(あしたまつこ)昭和初期 ※ショート 概要欄も参考に。The first idol in Japan in 1930's
本名は須貝(すがい)とし子。彼女は「ムーランルージュ新宿座」に所属し、歌って踊れる現在の「会いに行ける」ライブアイドルの元祖(日本初)の人物です。
当時、青年の多くは、戦争で満洲や中国へ出征していましたが、彼女の公演を最後に見て、戦地に出征していった若者も多く、彼女もステージから1人1人に青年達の「武運長久」の声をかけていました。
※「ムーランルージュ新宿座」は、昭和6年(1931年)から昭和26年(1951年)までの20年間、新宿で続いたレビュー(=ダンスと歌)や、エスプリ(=軽妙なユーモア)の利いた芝居などを上演した大衆演劇です。
昭和初期の暗くなりがちな世相の中で、人々に明るい娯楽を提供しつづけました。
※ムーランルージュ新宿の建物は赤い風車が特徴で、現在の新宿東口の「GLITTERS Shinjuku」に存在していました。
※この劇場から、森繁久彌や有島一郎、望月優子、千石規子、由利徹などを輩出しました。
※明日待子(あしたまつこ)は、明るい健康的なイメージが大変人気となり、カルピス、ライオン歯磨、花王、キッコーマンなど、庶民に馴染みのある商品のポスターのモデルに選ばれていました。
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