南シナ海問題
2013年末、中国の大規模艦隊が、
南シナ海のスプラトリー諸島に進入しました。
それからほんの1年半で、
中国は7つの人工島を建設。
それぞれに港や滑走路を設け、
軍事拠点化しました。
中国はこの付近の島々を、
先に他国が支配しているものも含め全て自国のものと主張しており、
ベトナム、フィリピン、台湾、マレーシア、ブルネイと対立しています。
海に浮かぶこの小さな島々を巡り、
6か国の主張は全く相容れません。
一体何が起きているのか、
南シナ海問題を見ていきましょう。
ことの始まりは、19世紀にさかのぼります。
中国の南に位置することから日本語で南シナ海と呼ぶこの海は、
中国やインドを結ぶ重要な航路となり、
マラッカ海峡の周辺は港湾都市として栄えました。
しかしこの海の中心部は、
直径1kmにも満たない小島や、
岩が水面から見え隠れする岩礁、
サンゴ礁が輪っかを形成する環礁、
砂利の積もった浅瀬が点在し、
船が座礁しやすい危険海域です。
そのため当初は、
ほとんどの船がこの海の中心部を避け、
海岸沿いに航海していました。
それでも、探検家や漁師らが長い年月をかけてこの海を探検し、
今日パラセル諸島、スプラトリー諸島と呼ばれる島々を攻略。
魚やサンゴなど水産資源に恵まれていることもわかりました。
ときには定住を試みる人もいましたが、
飲料水調達の難しさ、
農耕地のなさ、
さらに雨季が半年も続く天候の過酷さにより、
まともな定住はできませんでした。
なお、南シナ海の島はどれも小さく本来この地図に映りませんが、
ここでは位置関係がわかるよう大きめに表示します。
人間の手がほとんど加わらなかった南シナ海の島々は、
海鳥のオアシスとなっていました。
長い年月をかけて鳥の糞が積もり化石化。
これをグアノといい、化学肥料の原料に用いられます。
20世紀初頭、中華民国が、
海の西にあるパラセル諸島の領有権を主張し始め、
グアノの採掘に着手。
また、1895年より台湾を統治する日本も、
海の南にあるスプラトリー諸島でグアノ採掘を行いました。
1930年代になると、
フランスも南シナ海の島々に領有権を主張し始めます。
当時、フランスはインドシナ半島を支配していたからです。
フランスは、パラセル諸島の珊瑚島に気象観測所を建設。
また、日中戦争に乗じて、
パラセル諸島で最大の島ウッディー島にも駐屯地を建てました。
フランスの主張には日中双方が反対します。
第二次世界大戦中、
この地域に勢力を広げた日本は南シナ海全域を掌握し、
領有権を主張しました。
しかし、次第に連合国が形勢有利になると、
アメリカがスプラトリー諸島最大の島である太平島を空爆。
敗戦した日本は、
南シナ海の領有を全て放棄させられました。
戦後、フィリピンが独立を果たすと、
スプラトリー諸島の領有権を主張し始めます。
インドシナ半島では、
大規模な独立運動が起き、
フランスがその抑え込みに苦戦していました。
この機に乗じた中華民国は、
軍艦を太平島とウッディー島に送り占領。
また、十一段線という文字通り11本の線を地図に引き、
この内側は全て自国領であると主張しました。
しかし、国内では、
中華民国政府である国民党に共産党が反抗していた内戦が激化。
その結果1949年、
国民党が敗戦し台湾島に逃れましたが、
引き続き中国本土および南シナ海全域の領有権を主張しています。
しかし、現実問題として弱体化した台湾は、
太平島、ウッディー島の双方から軍を引き上げました。
一方、内戦に勝利した共産党の毛沢東は、
中華人民共和国の建国を宣言。
こちらは九段線と呼ぶ9本の線を地図に引き、
台湾と同じく南シナ海全域の領有権を主張しました。
1954年、フランスがベトナム独立勢力との戦争に破れ、
インドシナ半島から撤退。
北緯17度線を堺に2つのベトナムができました。
すると、南ベトナムが
パラセル諸島、スプラトリー諸島双方の領有権を主張し、
珊瑚島に軍を送ります。
これを受けて中国は、
近くのウッディー島に軍を送りベトナムを牽制しました。
同じ頃、フィリピンの探検家トマス・クロマが、
40人の仲間と共にスプラトリー諸島の一部に定住を試み、
フリーダムランドと名付けたミニ国家の建国を宣言。
これに対し台湾は太平島に軍を送り直し、
クロマの船を拿捕したうえ建築物も焼き払いました。
1958年、北ベトナムの首相ファム・ヴァン・ドンは、
南シナ海に対する中国の領有権主張を支持しました。
ここまで各国の主張が対立し小競り合いが頻発したものの、
ここからしばらくは情勢が落ち着き、
各国の漁師が漁業目的で訪れるだけの時が流れます。
しかし1960年代の終わり頃、
南シナ海の海底に天然ガスや石油資源が豊富にあるとの調査結果が出ると、
島々を支配すべく各国の動きが活発化。
フィリピンが、いくつかの島々を占領しました。
1973年、南北ベトナムが束の間の和平を結び、
ベトナム戦争がいったん終結。
戦争に関わっていたアメリカはここで完全撤退しました。
アメリカがいなくなったこの機に乗じて、
中国はパラセル諸島の軍事拠点化を進めます。
中国の行動に反発する南ベトナムが軍を送ると、
数日間の戦争が勃発。
結果、中国が勝利し、
パラセル諸島全域を支配下におきました。
その後、北ベトナムが和平に反して南ベトナムに侵攻し圧倒すると、
そのまま南を併合する形でベトナムは1つになりました。
この新しいベトナムは、
従来南ベトナムが行っていた南シナ海の領有権主張を引き継ぎ、
軍を送ってスプラトリー諸島の一部を占領しました。
1982年、国際連合は海の権益を巡るトラブル防止のため、
海洋法に関する国際連合条約を作ります。
これは、自国の海岸から200海里(約370km)の範囲を排他的経済水域とし、
漁業や資源採掘を独占的に行えるというルールです。
ただし、条約が効力を発するには60か国の批准が必要で、
その実現はしばらく先のことになります。
フィリピンにとっては、
この条約でスプラトリー諸島の多くが排他的経済水域に入るため、
すぐに批准しました。
一方、ここで新たにマレーシアが領有権主張を始め、
スプラトリー諸島の1つスワロー礁を占領しました。
1987年、中国は政府間海洋学委員会に参加しました。
これは国際的に協力して海洋調査を進めようというユネスコの一機関です。
中国は早速、海洋調査のためということで
スプラトリー諸島のファイアリー・クロス礁に観測施設を建設。
国力を高めつつあるこの国は、
他の島々に対してもより野心的に動き始め、
すでにベトナムが占領しているユニオン堆に軍を送りました。
これに抗議して、
ベトナム軍の兵士が中国軍艦の眼前にベトナム国旗を設置。
すると中国軍はベトナム兵に砲撃し、
64人を虐殺しました。
中国は、南シナ海の魚や海底資源を確保するだけでなく、
西洋と東洋を結ぶこの交易路をおさえることを地政学的に重要視しています。
中東の石油を輸入したり、
自国製品をヨーロッパへ輸出するにあたって、
このルートが使えないと痛手になるからです。
そのため、新しい法律を作って
南シナ海全域が自国のものであるとの主張を内外に示し、
フィリピンの排他的経済水域にあるミスチーフ礁などで
軍事拠点化を進めました。
こうした出来事を経た後の1994年、
60か国の批准により海洋法に関する国際連合条約が発効。
これにより、
ブルネイが排他的経済水域にある南通礁の領有権を持てることになりました。
2年後、中国もこの条約に批准しましたが、
その一方で九段線の主張も続けています。
しかし、九段線はそもそも正確な座標のない曖昧な線であることに加え、
排他的経済水域のルールとはっきり矛盾しており、
正当性を持たせることは困難です。
理屈的な正当性がどうあれ、
圧倒的な軍事力を持つ中国は、
対立する国々への圧力を強めます。
軍艦をフィリピン近海のスカボロー礁に送り、
フィリピンの漁師を高圧放水で追い払うこともしました。
これを受けてフィリピンは、
オランダのハーグにある常設仲裁裁判所に提訴。
これは国際紛争を仲裁するための機関です。
そうする間にも、
中国は九段線にもう1つ線を引いて十段線とし、
台湾も自国領であると明示。
また、スプラトリー諸島に巨大な作業船を送り、
大量の海底土砂をすくい上げて7つの人工島を建設します。
それぞれに滑走路や軍事施設を設け、
中国が支配する島の総面積を2倍にしました。
中国はまた、
ベトナムとパラセル諸島の中間地点に
石油プラットフォームを建設しましたが、
これに反発するベトナム人が
各地で反中暴動を起こすなど激しく抵抗したため、
この事業は中止されました。
南シナ海の過剰な権利主張を牽制するため、
アメリカはここに軍艦を通らせるなどして、
各国が自由に航行できる海であることをアピールしています。
2016年、以前フィリピンが中国を提訴していた件で、
常設仲裁裁判所の判決が出ました。
中国の言う十段線は法的根拠がなく国際法違反であると判断。
また、南シナ海の島々は全て岩であって島ではない、
つまり12海里の領海は認めても
200海里の排他的経済水域は認めないとしました。
中国は最初からこの裁判に出廷しておらず、
この判決を受け入れないとの声明を発表しました。
また、台湾もこの判決に反対。
自国が支配しており、
スプラトリー諸島最大の自然にできた島である太平島まで岩扱いされ、
排他的経済水域を否定されたことが不服だったのです。
しかし、台湾はそもそも
排他的経済水域を定めた国連条約に加盟していないため、
仮に太平島が島と認められたところで
排他的経済水域を主張できる道理がないという矛盾を抱えています。
2019年、米中合作のアニメーション映画スノーベイビーが公開されました。
直接的には政治と関係ない物語ですが、
あるシーンで十段線が出てきます。
これに抗議して、ベトナムは映画の上映を中止。
マレーシアとフィリピンも当該場面のカットを要求し、
結局は上映中止となりました。
今日、国際海上輸送の3割が南シナ海を経由しています。
周辺国や日本とってはもちろん、
世界的に重要な海なのです。
そのため周辺国は自らの支配する島に軍艦を常駐させ、
緊張が高まりつつあります。
特に中国は攻撃的な方針を緩めません。
たびたび他国の排他的経済水域を侵害しています。
また、台湾も南シナ海全域の領有権主張を取り下げていませんが、
一方で関係各国の交渉による平和的な解決を模索してもいます。
ベトナムは、この海を東海と呼び、
歴史的な経緯を根拠にこの島々を自国領であると主張しています。
フィリピンは、この海を西フィリピン海と呼び、
仲間の海洋国家つまりアメリカ、日本、オーストラリアとの
同盟関係を強化しています。
マレーシアとブルネイも、
排他的経済水域の考えに基づく範囲内で島の領有権を主張しています。
国を経済発展させていけるか否か、
この海に眠る資源に命運が懸かっているのです。