◎ダム放流で北京が水没、紫禁城も浸水◎少林寺住職逮捕、腐敗した破戒僧に隠し子か◎10年間告発され続けた釈永信、その背後には巨悪の影

時事フォーカス
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744 回視聴·2025/08/09
金さんの時事チェックへようこそ。キャスターの金善です。
ダム放流で北京が水没、資金場も浸水。
松林寺住職逮捕、腐敗した破壊層に隠し誤化。
10年間告発され続けた死影身、その背後には虚惑の影。
先日、北京は記録的な大雨に見舞われ、密運ダムは放流に至りました。
普段は良い知らせばかりを伝え、悪い知らせは隠しがちな北京当局も、今回ばかりは、この甚大な被害を認めざるを得ませんでした。
7月30日までに公式発表された情報だけでも、少なくとも30人が死亡、30か所以上の道路が損壊し、
広範囲で停電が発生、8万人が避難を余儀なくされたといいます。
ダム放流で北京が水没、資金場も浸水。
一般的に北京というと、地図上の環状道路、六貫路の内側にあたる中心市街地を指します。
その北京の遠く離れた郊外の密運区に、北京市民なら誰もが知る密運ダムがあります。
北京市民の命の水とも称される、敷地面積、約180平方キロメートルに及ぶ北京最大のダムです。
7月27日、この密運ダムが豪雨に耐え切れず、下流への放流を開始しました。
28日には、ダムの6つの水門がすべて解放され、凄まじい勢いの濁流が約10キロ離れた、大志敦賃に流れ込みました。
水は瞬く間に村を飲み込み、家屋や樹木は次々と投げ倒され、道路は寸断されました。
現場の目撃者によれば、洪水が村に押し寄せた際の音は雷のようであり、多くの人々が逃げ遅れて、濁流に巻き込まれた、とのことです。
街の中心部が洪水に飲み込まれていく、恐ろしい光景をご覧ください。
ここ数年、毎年繰り返される、洪水に対する、北京防衛戦に疑問を呈する声もあります。
北京市、天津市、下北省の洪水被害は、年々深刻化しており、特に北京市は、未完成の有安心区の保衛と住民の避難という新たな重圧に直面しています。
ある古区からの北京市民は、昔の北京では、これほど頻繁に洪水が起きなかった。今では毎年のように洪水が発生している、と嘆いています。
中国共産党、中共が、建設した巨大ダムこそが、北京に災いをもたらしていると直接批判する声もあります。
建設当時は、洪水を防ぐ、と大々的に宣伝されたにもかかわらず、豪雨による洪水が起きると、放流をするため、ダム自体が、より大きな洪水の発生源となっているのです。
洪水が来ると、普段は問題が見えないインフラの脆弱性が次々と露呈します。
7月28日、北京郊外の沿港にある中央美術学院前の大通りでは、昨年回収されたばかりの道路が、水に浸かった途端に陥没しました。
7月29日、今回の洪水が北京郊外だけで済んだのは、本当に不幸中の幸いだ、と話していたネットユーザーがいました。
しかし、その言葉が終わらないうちに、翌日、北京の市街地が一面、海のようになってしまいました。
北京の資金城、古宮は、創建以来ほとんど水に浸かったことがないことで知られています。
どれほどの豪雨に見舞われても、水は速やかに排水されます。
これは、建設当時に極めて精巧な地下排水路が張り巡らされ、雨水が速やかに、地下水路を通って、城外へ排出される仕組みになっているためだと言われています。
その顕著な例が、2023年の北京特別豪雨です。
当時、北京市街は大規模な冠水に見舞われ、地下鉄も運休し、中共メディアは、千年に一度の豪雨と報じました。
しかし、古宮の内部は水が溜まることなく、資金城は無事でした。
当時、古宮博物院の職員は、500年前の排水システムが、現代の都市計画に勝利したと簡単の声をSNSに投稿しています。
しかし7月30日、その古宮でさえも浸水が始まりました。
2023年にすでに、千年に一度という言葉を使ってしまったため、今回さらに、一万年に一度と表現を格上げすれば、5000年の歴史を持つ中華文明の範疇を超えてしまい、物洗いの種になるでしょう。
そのため、中共のプロパガンダ機関は、言葉の選択においても、千年に一度の窮地に立たされているようです。
7月28日の未明、北京の密雲ダムが放流を開始したことを知った、隣接する、河北省拓州市のネットユーザーは、上流で水を放流しないでください。
これ以上は持ちこたえられませんと訴える動画を投稿しました。
ある拓州市のネットユーザーは、かつての湿地帯、白羊田が、有暗侵区になって以来、洪水の度に、北京市を水浸しにするか、拓州市を水浸しにするか、の二者択一を迫られるようになったと言います。
あの愚かな、千年の大計プロジェクトのせいで、本当にひどい目に遭っていると怒りをあらわにしています。
そして、恐れていたことが現実となりました。
北京の三雲ダムの放流に続き、河北省の平宮ダムも放流を開始し、多くの村が水没しました。
地元住民は、朝は何ともなかったのに、今や水が腰まで来ていると悲鳴をあげています。
北京市、天津市、河北省の三つの地域は隣接しており、軽震期と称されます。
良いことばかりを共有するとは限りません。
天災や人災が起きた際には、皮肉にも運命共同体となるのです。
7月28日、天津市、慶州区の洪水の様子も、非常に恐ろしいものでした。
松林寺住職逮捕、腐敗した破壊層に隠し誤化。
中国を訪れたことがない方でも、中国に松林寺があることはご存知でしょう。
その松林寺の市営新住職が、最近になって逮捕されました。
昨日まで、徳の高い高層として崇められていた人物が、一夜にして徳を失った破壊層へと転落したのです。
その表現ぶりは、四川の伝統芸能、片面の名人ですら、これほど見事には演じられないでしょう。
中華圏を震撼させたこの事件は、7月25日に遡ります。
この日、ネット上に、松林寺の市営新住職が34人を引き連れて、国外逃亡を図り、
解放しの警察に身柄を確保されたという警察の通達を模した情報が出回り、同華圏に火をつけました。
このニュースは瞬く間に大騒動へと発展しました。
何と言っても、松林寺は現代中国仏教の象徴であり、天下第一の名察と称されています。
市営新は、その象徴たる存在でした。
さらに、松林武術という強力なブランドも加わり、彼のイメージは、もはや宗教界を超え、一つの文化的シンボルとなっていたのです。
非常に興味深いのは、この件が明るみに出た際の中共の対応です。
事実関係の有無に関わらず、まず否定から入るという、いつもの行動パターンが見られました。
案の定、地元警察はすぐさまデマであると否定しました。
警察の公式アカウントは、通達は偽物。拡散しないでください。
現在、対応を進めていますと回答しました。
本来であれば、このままうやむやにされて終わる可能性もありました。
しかし、記者が松林寺に電話で事実確認を求めたところ、
帰ってきたのは、事実無根やコメントできないではなく、
最近、彼、官庁の姿を見ていません。
公式発表をお待ちください、という意外な言葉でした。
この言葉と、警察の現在、対応を進めていますという発言を結びつけて考えると、
多くの人々が、今回ばかりは市衛審に本当に大変なことが起きたのだと感じました。
かたずを飲んで見守る多くの人々が、次の展開を待ち構えていたその時、
そこへ、とてつもなく衝撃的な情報が、目の前に突きつけられました。
それは、どんな料理かもわからないうちに、まず強烈な悪臭が鼻をつくような、衝撃的な内容でした。
7月28日、中国仏教協会は次のような広告を発表しました。
省林寺管理事務所からの状況報告によれば、省林寺住職の市衛審は刑事犯罪の容疑が持たれている。
民間プロジェクトの資金と寺院の資産を応領し、長年にわたり複数の女性と不適切な関係を持ち、
核死後まで儲けていた。これは仏教の戒律に著しく違反する。
現在、複数の部門による合同調査が進められている。市衛審の所業は極めて悪質であり、
仏教会の名声を著しく傷つけ、出家者のイメージを損なうものだ。
東教会は、カナン省仏教教会より提出された市衛審の宗教上の職務抹消に関する報告に基づき、
規定に従い、彼の職務、俗名、流王性を抹消することに同意した。
以上、広告する。この内容を俗世間の言葉に置き換えるならば、次のようになるでしょう。
ある破壊僧が、飲食、幽教、詐欺、欺瞞のすべてにおいて、修行を積んでいたことが発覚した。
修行の成績はあまりにも優秀で、実態が白日の下に晒されてしまった。
そのため政府公認の破壊僧協会において、他の者たちのあらゆる修行に影響が出ることは、不適切と判断した。
よって、失われた松林寺の秘技、責任転嫁、無影脚で、山門から蹴り出すこととする。
以上、広告する。この事件を理解するためには、師英心の商業帝国から話を始めなければなりません。
中国仏教の象徴である松林寺は、もはや単なる宗教施設ではなく、巨大な文化産業チェーンと化しています。
武装のパフォーマンスから、文化ツーリズム、オフセから配管料収入に至るまで、松林寺の年間収入は少なくとも数十億元、数百億円に上ると言われています。
ある内部告発者は、次のような内情を明かしています。
彼はかつて、至高デルタ地域にある某寺院の改修プロジェクトに関わり、その財務状況を目の当たりにしました。
日常的なオフセだけで、年間数千万元、数億円さらに大口の寄信や法用の収入、仏具の販売などを合わせると、年間収入は軽く1億元、約20億円を超えていました。
支出は主に人件費で、あらり益率は、8割にも達したと言います。
松林寺の規模は、一般的な寺院をはるかに凌駕します。
数十億元、数百億円、という年間収入ですら、おそらくは表向きの数字に過ぎないでしょう。
問題は、これらの資金が最終的に誰の手に渡ったのか、という点です。
ネット上では、真の黒幕は裏に隠れており、表の顔である支援心は、いわば広告等に過ぎないのではないか、と推測されています。
10年間告発され続けた支援心、その背後には巨悪の影。
支援心は、過去10年間にわたって、何度も告発されながら、その度に誰かに守られていたそうです。
安泰であったばかりか、むしろ出世を重ねてきた事実が暴かれました。
彼は一階の総理から、省林寺の住職、中国仏教協会第十期理事会の副会長にまで上り詰め、さらには全国人民代表大会の代表までで起任しました。
2015年には、資正義と名乗る人物が、国家宗教事務局や中央紀律検査委員会、そしてメディアに対し、今回と全く同じ内容の汚職や女性との不適切な関係について、告発を行っています。
2015年12月28日の中共期刊誌、人民日報の記事を見てみましょう。
見出しは、四永信への告発に関する調査結果、非先端は事実無根、各死後が二人いるというのも事実無根となっています。
そして記事で触れられた四永信が、告発された経済問題やその他の問題については、法と紀律に基づき調査中であるという部分も、結局はうやむやにされてしまいました。
この10年間、このような告発は一度だけではありません。
それが今、中共の長年の代弁者でもある人民日報が、7月27日に再び記事を掲載したのです。
今回の記事には、こう書かれています。
民間プロジェクトの資金と人員の資産を応領し、仏教の戒律に著しく違反し、長年にわたり複数の女性と不適切な関係を持ち、各死後まで儲けていた。
これにはネットユーザーも、人民日報が自分で自分の顔を叩くとは、大したものだ。
2015年には、死英心に関する話は全てデマだといい、2025年には、死英心に関する話は全て真実だったというのだからと皮肉っています。
10年前、死英心のためにデマを打ち消したのは、人民日報だけではありません。
中央テレビ、CCTV、までもが、ニュース番組でわざわざ彼を代々的に擁護していたのです。
人民日報と中央テレビに同時に擁護される人物が、どれほど強固で巨大な後ろ盾を持っているか、中国人で知らないものはいません。
では、その後ろ盾は、一体誰だったのでしょうか。
内部関係者によれば、死英心が松林寺のトップの座につくことができたのは、元中国仏教教会会長であり、中共の副国家級指導者であった張卜書が決定的な役割を果たしたからだといいます。
張卜書と死英心は、1992年4月に知り合いました。
当時、張卜書が松林寺を視察に訪れ、死英心がその接待役を務めたのです。
以来、二人は少なくとも十回は面会しています。
しかし、張卜書一人の力だけでは、中央テレビと人民日報を同時に動かし、死英心を擁護することはできません。
背後にいた真の黒幕は、同じく各地の自社仏閣を参拝し、自らの功名と利益を祈願していた、元国家主席の高拓民でした。
高拓民はかつて、張卜書ら宗教会の要人を中南海に招き、勧退しました。
これ以降、張卜書は死英心を引き連れ、高拓民の宗教会における一番の手駒となり、その指示通りに、時には汚れ仕事も厭わず動いてきたのです。
張卜書が亡くなった際には、高拓民は自らその国別式に参列したほどです。
これこそが、この十年間、死英心が汚職と腐敗を続け、宝刀の限りを尽くしても、その悪業が業界では周知の事実であったにもかかわらず、誰もこの破壊層を揺るがすことができなかった理由です。
彼はますます傍若無人となり、俗世の欲をすべて捨てるべき僧侶でありながら、外出する際にはまるで、皇帝の行行のように、従者に日傘をささせるまでになっていました。
死英心をめぐるこの騒動は、一つの時代の終わりを告げるものなのでしょうか。それとも、ただ別の破壊層に交代し、すべてが振り出しに戻るだけなのでしょうか。
私に言わせれば、死英心であろうが誰であろうが、彼らはみんな、この歪んだ中共という木に実る、不揃いで腐った果実に過ぎません。
その木が存在する限り、そこから生えてくる様々な僧侶や指導者たちは、その成長の初期段階から芯が腐っており、良質なものが育つはずもないのです。
あるネットユーザーの言葉が、この状況を的確に表しています。僧侶を大和食飯に変えてしまうような時代は、必ずや暗黒の時代です。
その寺院は金と色欲にまみれた真屈と化し、その皇帝、異性者とは無徳無能な暗君に違いありません。
今日の内容はここまでです。最後までご視聴いただき、本当にありがとうございました。
また次回の動画でお会いしましょう。
