ネパール政変で窮地に習近平と「蜜月」を結んだ首相の末路

ネパール政変で窮地に習近平と「蜜月」を結んだ首相の末路

49 回視聴·2026/05/01

2025年9月8日と9日、南アジアのネパールが世界の注目を集めた。人口は3千万人に満たず、面積は中国の山東省とほぼ同じ規模のこの国で大規模な抗議活動が起き、わずか48時間のうちに、4回首相を務めたK・P・シャルマ・オリ氏が退陣に追い込まれた。その後、暫定首相が速やかに選ばれた。

ネパールの政変は、中国共産党(中共)にも大きな波紋を広げた。オリ氏はその直前の9月3日、北京を訪れ中共の軍事パレードに出席し、中共党首の習近平と記念写真を撮った。ところが帰国後まもなく首相の座を追われ、退避を余儀なくされた。

オリ氏の退陣の背景には、中共との関係も影を落としている。直接の原因は腐敗だが、中共の「一帯一路」構想も国民の不満を広げる一因になった。

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