世界の静止型無効電力補償装置(SVC)市場の最新動向と展望
世界の電力システムの安定運用と再生可能エネルギーの大量導入を支える重要な機器のひとつが、静止型無効電力補償装置(Static VAR Compensator:SVC)です。調査会社各社の分析によれば、静止型無効電力補償装置市場は今後も着実な成長が見込まれており、特に電力系統の高度化と再エネシフトが進むアジア太平洋地域が牽引役となっています。本稿では、市場規模・成長予測・セグメント別動向・地域別トレンド・COVID-19の影響・技術動向などを整理し、SVC市場の全体像を解説します。
- 静止型無効電力補償装置(SVC)とは何か
SVCは、電力系統における「無効電力(VAR)」を高速かつ連続的に制御することで、以下のような役割を果たすパワーエレクトロニクス機器です。
- 送電系統の電圧安定化
- 送電能力(送れる有効電力)の向上
- フリッカ・電力品質の改善
- 系統事故後の電圧回復・安定度向上
主な構成要素は以下のようなリアクトルやコンデンサ、変圧器、高調波フィルタ、制御保護システムなどで、サイリスタを用いて無効電力の注入・吸収量を動的に調整します。いわば「系統用の可変コンデンサ/リアクトル群」であり、大規模な送電線・変電所・工業負荷・鉄道変電所などに設置されます。
- 市場規模と成長予測
世界のSVC市場は、2021年時点で約7億3,140万米ドルと評価されています。2022年には約7億6,510万米ドルに拡大し、2029年には約9億8,490万米ドルに達する見通しで、2022–2029年の年平均成長率(CAGR)は約3.7%と予測されています。
2.1 市場規模推移(実績と予測)
以下は、公開されている主な年の市場規模をまとめたものです。
表1 世界のSVC市場規模(実績・予測)
| 年 | 市場規模(百万米ドル) | 備考 |
|---|---|---|
| 2021年 | 731.40 | 実績値 |
| 2022年 | 765.10 | 実績値/ベース年 |
| 2029年 | 984.90 | 予測値(CAGR約3.7%) |
この推移から分かるように、市場は急成長ではないものの、電力インフラ投資に連動した安定成長型の市場と言えます。
2.2 COVID-19の影響
世界的なCOVID-19パンデミックにより、SVCの需要は一時的に落ち込み、2020年の市場は2019年比で約2.2%のマイナス成長となりました。これは、以下の要因によるものです。
- 送変電プロジェクトの建設・据付工事の遅延
- 発注・入札プロセスの延期
- 投資意思決定の先送り
しかし、電力インフラ系の投資は中長期計画に基づくため、2021年以降は順次案件が再開され、市場は回復軌道に乗っています。
図1 COVID-19前後の市場規模指数(2019年=100)
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指数
105 |
100 |■■■■■■■■■■ 2019
98 |■■■■■■■■ 2020 (▲2.2%)
99 |■■■■■■■■■ 2021(回復基調)
(※指数は、2019年を100とした場合の相対値の概念図)
- タイプ別セグメント:サイリスタベース vs MCRベース
SVCは構成方式により、大きく以下の2タイプに分類されます。
- サイリスタベースSVC
- MCR(Magnetically Controlled Reactor:磁気制御リアクトル)ベースSVC
3.1 サイリスタベースSVC
サイリスタ制御リアクトル(TCR)やサイリスタスイッチドコンデンサ(TSC)を用いて無効電力を連続的・高速に調整する、最も一般的な方式です。
- メリット:応答速度が速く、広範囲の無効電力制御が可能
- 用途:送電系統の電圧安定化、大規模工場・冶金プラント、再エネ連系点など
3.2 MCRベースSVC
磁気制御リアクトルを用いる方式で、鉄心に挿入された制御巻線への励磁電流を調整することでリアクトルインピーダンスを変化させます。サイリスタと比較すると動作原理が異なり、よりアナログ的な制御といえます。
- メリット:電力損失の低減、長期信頼性
- 用途:特定の鉄道用途や安定した負荷環境での無効電力調整
現在の市場ではサイリスタベースSVCが主流ですが、アプリケーションに応じてMCR方式が選択されるケースも残っています。
- 構成部品別市場動向
SVCシステムは複数の主要コンポーネントで構成され、それぞれに市場が存在します。代表的な構成要素は以下の通りです。
- 位相シフト変圧器
- GIS(ガス絶縁開閉装置)を含む開閉装置
- 制御・保護システム(デジタル制御リレー、PLC、通信装置など)
- 高調波フィルタ
- サイリスタ制御リアクトル(TCR)
- サイリスタスイッチドコンデンサ(TSC)
- 先進サイリスタバルブ(ATV)
- その他の補機類・冷却システム・架台など
表2 SVCを構成する主要コンポーネントと役割(例)
| コンポーネント | 主な役割・機能 |
|---|---|
| 位相シフト変圧器 | 電圧レベル変換・系統との結合 |
| GIS / 開閉装置 | 系統との接続・遮断、保護装置とのインターフェース |
| 制御・保護システム | 無効電力制御ロジック、保護継電器、監視 |
| 高調波フィルタ | サイリスタなどが発生する高調波の吸収 |
| TCR(制御リアクトル) | 無効電力の吸収側調整 |
| TSC(スイッチドコンデンサ) | 無効電力の供給側調整 |
| 先進サイリスタバルブ(ATV) | 高性能サイリスタモジュール、損失・信頼性改善 |
近年は、制御・保護システムのデジタル化・IEC 61850対応や、サイリスタバルブの高性能化(低損失・コンパクト化)への投資が拡大しています。
- 用途別セグメント:電力会社から再エネまで
SVCは多様な分野で利用されており、市場も用途別にセグメント化されます。
- 電力会社(ユーティリティ)
- 鉄道
- 冶金(製鉄・アルミ精錬など)
- 再生可能エネルギー
- 鉱業(大電力鉱山設備)
- その他の産業用途
5.1 電力会社(送配電事業者)
- 送電線の電圧プロファイル改善
- 既設送電網の送電容量アップ(設備増設の代替または延期)
- 系統安定度向上(角度安定度・電圧安定度)
SVC市場の中で最大の需要セグメントであり、各国の送変電投資と密接に連動します。
5.2 鉄道
- 高速鉄道・都市鉄道の変電所に設置し、電圧安定と力率改善を実現
- 大電力起動による電圧降下やフリッカの抑制
電化鉄道の拡張が進むアジアや欧州を中心に、鉄道向けSVC需要は安定しています。
5.3 冶金・鉱業・重工業
- 電気アーク炉(EAF)などの大きなフリッカ源の平滑化
- 大規模モーター起動・運転時の電圧変動抑制
この分野では、電力品質の改善が生産性と直結するため、SVC導入の投資回収期間が比較的短いとされ、根強い需要があります。
5.4 再生可能エネルギー
- 大規模風力発電所・太陽光発電所の系統連系点における電圧安定化
- 変動する出力に対する無効電力補償
再エネ比率が高まるほど、系統側が求める電圧・無効電力管理の要件は厳しくなり、SVCやSTATCOMなどのFACTS機器の導入が加速すると見込まれます。
- 地域別市場動向
6.1 アジア太平洋:最大市場としての存在感
2021年、アジア太平洋地域は世界SVC市場の約34.45%を占め、最大の市場となっています。背景としては、
- 中国・インドなど新興国の送電網増強
- 大規模再エネプロジェクト(洋上風力・超高圧送電網)
- 高速鉄道・都市鉄道の拡大
などが挙げられます。
表3 地域別市場シェア(2021年、概略)
| 地域 | シェア(%) |
|---|---|
| アジア太平洋 | 34.45 |
| その他地域合計 | 65.55 |
その他、北米・欧州も送変電設備のリプレース需要や、系統の近代化(スマートグリッド化)に伴い、安定した需要が見込まれています。
6.2 北米・欧州
- 老朽化した送変電インフラの更新
- 再エネ比率の上昇による系統安定化ニーズ
- 規制強化による電力品質・信頼性要件の高度化
特に風力発電の多い欧州北部、再エネと長距離送電が組合わさる北米などで、SVCや他のFACTS機器の導入が進んでいます。
- 技術トレンド:STATCOMとの競合とデジタル化
7.1 STATCOMとの比較・補完関係
SVCと類似の機能を持つ装置として、STATCOM(静止型無効電力調相装置)が挙げられます。STATCOMは電力用変換器(VSC)を用いることで、より高速かつ広範囲の無効電力制御が可能であり、低電圧時の性能などで優位な面があります。
- SVC:
- 実績豊富でコストが比較的低い
- 高電圧・大容量系統で多く採用
- STATCOM:
- 応答性が高く、低電圧時の出力維持に優れる
- 将来の系統コード強化に対応しやすい
市場では、「コスト重視・大容量・従来系統」ではSVCが、「高性能要求・再エネ系統・電力品質重視」ではSTATCOMが選ばれる傾向にあり、両者は競合しつつも補完的な役割を担っています。
7.2 デジタル制御・モニタリングの高度化
近年のSVCは、以下のような技術トレンドが顕著です。
- デジタル保護・制御リレーの採用
- 通信プロトコル(IEC 61850等)によるサブステーション自動化連携
- 予知保全(Predictive Maintenance)を目的としたオンライン監視・診断
- モジュール化・コンパクト化による設置性向上
これらにより、ライフサイクルコスト低減と高信頼運転が実現され、市場の付加価値も高まっています。
- 今後の市場成長ドライバーと課題
8.1 成長ドライバー
- 再生可能エネルギーの大規模導入
- 送電網の長距離化・大容量化(HVDCとの組み合わせも含む)
- 都市化と鉄道インフラの拡張
- 電力品質・系統信頼性に対する規制強化
これらの要因は、無効電力制御・電圧安定化ソリューションとしてのSVCの需要を中長期的に押し上げると見込まれています。
8.2 課題・リスク要因
- STATCOM等の新技術との競合による案件獲得競争の激化
- 設備投資サイクルに依存した需要の変動
- 一部地域におけるプロジェクト許認可・送電線建設の遅れ
メーカー各社は、SVCとSTATCOMなどを組み合わせたポートフォリオ戦略や、サービス・保守ビジネスの拡大によって、これらの課題への対応を図っています。
- まとめ:安定成長を続けるインフラコア市場
静止型無効電力補償装置(SVC)市場は、2021年に約7億3,140万米ドル規模となり、2029年には約9億8,490万米ドルまで拡大すると予測されています。CAGR約3.7%と決して派手な成長ではないものの、電力インフラの「コア」を支える安定した市場として、今後も長期的な需要が期待されます。
- アジア太平洋地域が最大市場(2021年シェア約34.45%)
- 電力会社向け・鉄道・冶金・再エネ分野が主要用途
- サイリスタベースSVCが主流だが、用途に応じてMCR方式やSTATCOMとの棲み分けが進行
再生可能エネルギーの大量導入と系統の高度化が進むなかで、SVCは電力システムの安定性・信頼性・電力品質を支える重要装置として、今後も堅調な需要が続くと見込まれます。